小説・フィクション書評

1973年のピンボール by 村上春樹 〜 若さの消失をテーマにした村上春樹ワールドの胎動を感じさせる作品

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1973年のピンボール by 村上春樹 — 舞台は秋へ 透き通る心と新たな試み

2011年5月9日の書評。

村上春樹の初期「羊」四部作のうち、第2作を構成するのが、この「1973年のピンボール」だ。

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デビュー作「風の歌を聴け」の舞台は真夏、そして「僕」は大学生だった。

そしてこの第2作では、「僕」は24歳になり仕事をしており、そして季節は深まりつつある秋だった。

「1973年のピンボール」、この本ももう20回以上は読んでいる。大好きな小説の一つだ。

洗練され深まる物語

ポップアートのようなスピード感と独特のセリフ回しが魅力的な第1作「風の歌を聴け」。

その後を継ぐ「1973年のピンボール」は、前作と登場人物の大半と舞台を引き継ぎつつ、より洗練され深い物語へと移行していく。

語り部は3人、「僕」と友人の「鼠」、そしてナレーターである小説家村上春樹である。この構成も大まかに言って前作を踏襲している。

物語の冒頭と最後に、小説家村上春樹が登場する形も以前通りだが、そこには今後の彼の作品の布石となるような実験的な試みがなされている。

 

その一つ目が、二つの物語の視点が交互に登場し、その二つの物語が絡み合っていく展開。

これは名作「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」で花開く世界観だが、本作でその原形が試されているといっていいだろう。

 

そしてもう一つは大ヒット作「ノルウェイの森」への布石である。

ノルウェイの森のヒロイン「直子」が本作冒頭に名前だけ登場していることは意外と知られていない。そして本作の中でも直子は既に死んでしまった登場人物として描かれている。

その後本文中に直子はまったく登場せず、謎のキャラクターとなっているが、明らかに「ノルウェイの森」に通じる展開といえるだろう。

 

直子の登場とともに、「ノルウェイの森」へ続く道を作っているのが本文中に登場するビートルズのアルバム「ラバーソウル」である。

「僕」が知らない間に同居する「双子」が買ってきたアルバム「ラバーソウル」。

突然自宅で流れ出した「ラバーソウル」に血色ばむ僕。

多くは語られないが、アルバム「ラバーソウル」の2曲目が、あの「ノルウェイの森」なのだ。

「ノルウェイの森」の原形は、短編「蛍」であることは知られているが、この「1973年のピンボール」にも、多くの原石がちりばめられていたのだ。

双子の女の子と一緒に寝る生活

この「1973年のピンボール」には、村上春樹の小説の中でもっとも人気が高いキャラクターのひとり(二人?)、「双子」が登場する。

見た目も声も背の高さも同じ二人の女の子。

彼女達は名前も名乗らず、どこからやってきたのかも告げずに「僕」と共同生活を始める。

直接的な描写はないものの、この双子は二人とも「僕」と肉体関係を持っているようだ。

美しい双子の女の子を両側に従えてベッドで眠る。

男にとって究極の夢の一つではないだろうか?(笑)

まったく正体は明らかにされないが、この双子のインパクトは非常に大きい。

そしてもう1人魅力的な女性が登場する。

この女性は「僕」が共同経営している翻訳事務所のアシスタントの女性だ。

脚が長く胸も大きくとても気が利く女の子として描かれるこの女性は、後日「僕」の妻となる人物だ(残念ながら結婚しているシーンは出てこない)。

村上春樹の物語は年下の若い女の子にフォーカスされのものが多いのだが、本作では同世代の女の子にスポットが当たっているのが珍しい。

青春の残滓

この物語は、若さとの別れ、青春の残滓の物語と言っていいだろう。

前作「風の歌を聴け」では20歳だった主人公「僕」は、大学を出て友達と二人で会社を作り、社会人となっている。

そして学生時代の親友だった「鼠」は大学を辞め就職もせず、地元の街でくすぶっている。

数年前、「僕」と「鼠」は東京と神戸という別々の場所で、別々の時期に、同じピンボールマシンに夢中になった。

そしてあれから何年かの時が流れ、少しずつ僕たちは年齢を重ね、そして社会の中に飲み込まれていく。

そんなある日、ふと「僕」の心を、あの時のピンボールマシンが捉える。

そしてそこから僕たちの冒険が始まる。

あの日あの店に置き忘れた思い出をたぐり寄せるように、「僕」は3年前に夢中になったピンボールマシンを求め始めるのだ。

そして。

まとめ

多くの実験的試みを行いつつも、この「1973年のピンボール」は前作「風の歌を聴け」をさらに強くしなやかにしたような全体像を持っている。

幾分文体も落ち着き、「僕」のパートと「鼠」のパートで極端に文体やトーンを変えるなど、技術的にも大きく進化していることが分かる。

夏に始まった若者の物語りが秋を迎える。

物語はまだ始まったばかりだ。

実りの秋。喪失の秋。

そして物語は冬へと向かう。

初期四部作、充実の第2作。

2011年66冊目の書評としてお送りしました。

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