小説・フィクション書評

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 by 村上春樹 — 多崎つくるとワタナベトオル、ユズと直子の物語 村上春樹が紡ぐものと繋ぐもの、そして喪失

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懐かしい気持ちになった。村上春樹さんの新刊「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んでいて。

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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

村上 春樹 文藝春秋 2013-04-12
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人間以外のモノが出てこない春樹さんの長編小説は久し振りだ。

彼の長編には、だいたい人間ではない「何か」が出てくるのだ。

初期の羊シリーズに出てきた「羊男」をはじめ、リトルピープルだのジョニーウォーカーだの、とにかく色々出てくる。

人間ではない「何か」が、ごく当たり前のように人間社会に溶け込んで出てくる。しかも、やたらリアリティーを持って出てくるのが彼の長編の特徴だ。

人間しか出てこない長編の代表格といえば、春樹さんの前期代表作、「ノルウェイの森」だろう。

というか、長編に限っていえば、「人間ではない何か」が出てこない作品は「ノルウェイの森」と「国境の南、太陽の西」くらいではないだろうか。

短編にはもちろん人間しか出てこない作品もたくさんあるのだが、長編に限っては、彼の作品には必ずといっていいくらい、人間ではないモノが出てくる。

人間以外のモノが出てこない、いわゆるリアリティー小説だったことが、僕がこの「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んでいて、僕が懐かしいな、と思った理由の一つ。

そしてもう一つ、春樹さんの大きな主題「喪失」を正面から捉えた作品という意味でも、「ノルウェイの森」以来なのではないかという点が、僕が懐かしいと感じたポイントだったかもしれない。

 

そして読み進むうち、僕はますますこの「色彩を持たない多崎つくると〜」と「ノルウェイの森」の符合のようなものを感じ始める。

著者村上春樹さんが意図的にしたことなのか、それとも偶然なのか、はたまた僕の思い込みか分からない。

でもこの2つの作品には明示的、暗示的に重ね合わせることができるポイントが幾つか存在するように思えるのだ。

それがさらに僕を懐かしい気持ちにさせてくれた。

 

両方の作品に共通するキーワードは幾つかある。さきほど書いた「喪失」もそうだ。

あと「静けさ」も共通キーワードだろう。1Q84やねじまき鳥クロニクルのような激しさはなく、しんとした静けさが物語全体を包んでいる。

「ノルウェイの森」では京都の森が舞台として登場し、その静けさが物語全体を深く包み込んでいた。

そして「色彩を持たない〜」では、フィンランドの森が、すべての登場人物と彼らの生きてきた道を包んでいるようだ。

 

登場人物にもイメージが重なる人物が多い。

主人公多崎つくるは、ノルウェイの森の「僕」こと、ワタナベトオルに良く似ている。

ワタナベトオルは神戸から、多崎つくるは名古屋から、大学入試をきっかけに上京している。

もちろん著者の春樹さん自身がそういう経歴だから、著者の人生が主人公の人生に投影されているのは不思議なことではない。

そして、多崎つくるは友人たちからの「追放」により、そしてワタナベトオルは高校時代の親友の死により、出身地に帰ることを避け、本来の自分を失った状態で生きている。

「ノルウェイの森」は主人公が学生のまま物語が終わっているが、多崎つくるは36歳になっている。

あたかも、心に蓋をしたワタナベトオルが、その後人生を歩み続け、36歳を迎えたかのような印象を受けた。

 

そして物語のキーになるヒロインの存在も、どこか似通っている。

「ノルウェイの森」には、ヒロイン直子の心の病と死が物語の大きなキーとなっている。そして直子とトオル、そして高校時代の親友キザキの3人は、「親友」として結びつけられていた。

いっぽう「色彩を持たない〜」では、「シロ(本名ユズ)」の心の病と死が、結果としてつくるの人生に大きな傷を与えていた。

そして「アカ」、「アオ」、「シロ」、「クロ」につくるを加えた5人組は、名古屋では一心同体ともいえるほど固い信頼関係で結ばれる中だった。

純粋で無垢だった時期の全能感から喪失の時期へ。

物語は人と人の絆を紡ぎ、そして時代を繋ぐことで、人々が大人になる際に通過する喪失へと進んでいく。

一番手に入れたかった愛する人を失う、しかもこの世の中からも失うという意味でも、ユズと直子の二人も共通点が多いように感じる。

 

直子の死をきっかけに、緑という「生の象徴」に電話をするところで「ノルウェイの森」は終わる。トオルは長く続いたモラトリアムからの脱出を決心したのだ。

いっぽうの多崎つくるは、物語中盤で自らの封印を解く決心をして、巡礼の旅に出る。

そして巡礼の旅を終え、現在進行形で「自分が一番欲しいもの」である沙羅に会う前夜で物語は終わる。

喪失し続ける物語「ノルウェイの森」に対して、「色彩を持たない〜」は、喪失からの回復の物語として描かれている。

20歳のナイーブな青年は大人になり就職をして実績を積み、36歳の大人の男として、自分が手に入れたいものをやっとまっすぐ見据える力を持つ。

エンディングは春樹さんお得意の「投げっぱなしジャーマン」になっているので、つくるの恋が実ったのか、はじめて「欲しい」とストレートに言えた沙羅を手に入れることができたのかは分からない。

ただ、自らを取り戻し前に進む力を得た多崎つくるは、既に時間が止まったモノクロームの世界から、色彩溢れる現実の世界へと、戻ってきた。

静かな、本当に静かな勇気を僕たちにくれる、素敵な小説。

春樹さんありがとう。

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