小説・フィクション書評

「恋しくて」村上春樹が選んだ翻訳短編集 —「恋するザムザ」が大好きだ

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村上春樹さんは著者であると同時に翻訳者でもある。

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僕にとって村上春樹さんは大いなる師であるとともに目標である。

僕は彼のライフスタイルにあこがれてTTP(徹底的にパクる)していたのが、いつの間にか自分のライフスタイルになってしまった、という部分も多々ある。

彼も走るし僕も走る。彼も料理をするし僕も料理をする。

彼も音楽が大好きだし僕も大好きだ。

そして、彼も書くことで食べていて、僕も書くことで食べている(売れ行きは雲泥の差があるが(^_^;))。

 

しかし、「書く仕事」のなかで一つ違うことがある。

村上春樹さんは翻訳も仕事として行っているが、僕は翻訳はしない。

僕は法政大学文学部英文学科を卒業し、その後フェローアカデミーで1年間翻訳をみっちり勉強し、その後17年間翻訳の会社に在籍していたのに、僕は翻訳を仕事にしていない。

それについては最近また変化が訪れつつあるのだが別のタイミングで書こう。

 

さて、村上春樹さんの作品のうち、小説とエッセイに関しては、単行本化されているものは僕はほとんどすべて読んでいると思う。

しかし、逆に翻訳については、ほとんど読んでいない。

なので、今回も最初はこの「恋しくて」は読まなくてもいいかな、と思った。

なぜなら翻訳というのはあくまでも記号の変換作業であって、春樹さんが翻訳を担当したからといって、必ずしも春樹カラーの作品になるとは限らないからだ。

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でも、この本には9編の翻訳作品だけではなく、末尾に村上春樹さんが書き下ろした短編「恋するザムザ」が収録されている。

それを知って「おおう、これも読まねば」という気持ちになり購入。

それと同時に「滅多に読まない春樹さんの翻訳を読むのもいいかな」という気持ちにもなった。

10編の短編を読み終えて、翻訳に関する感想はだいたい予想通り。

素敵な世界観に包まれた作品が多いが、やはり僕は彼の小説ほど翻訳短編にのめり込むことはなかった。

僕も春樹さんの足元にも及ばないが、英米文学は大学で専攻していたし、普通の人よりは詳しいと思っている。

ただ、春樹さんはアメリカやカナダ人の作品を好む傾向が強いのに対して、僕はイギリス、アイルランド文学が好みだったりする。

春樹さんの訳ではない「グレート・ギャッツビー」や「ライ麦畑」も昔読んだが、いまいち響かなかった経験がある。

僕はより「大陸的」な作品が好きだ。

D.H. ローレンス、ジェームス・ジョイス、ヘンリー・ミラー(ミラーはアメリカ人だがパリで作品を書いていた)、ローレンス・ダレル、アナイス・ニンといったメンバーに、ドストエフスキーやカフカ、プルーストなんかが好みだ。

なので、アメリカン・テイストな作家の方達の作品の世界観が、いまいちしっくりこないのかもしれない。

 

でも、やはり最後に収録された「恋するザムザ」は素晴らしかった。

「恋するザムザ」は、フランツ・カフカの「変身」からインスパイアされて書かれた短編だ。

「変身」の主人公、グレゴール・ザムザはある朝目が覚めたら自分が虫になっていた、というアバンギャルドなストーリーで知られる。

この「変身」の時代背景とグレゴール・ザムザという人物をそのまま流用して、そこに春樹さんオリジナルの「恋愛小説」を構築してしまったのだから凄い。

 

そもそも「変身」という小説は薄気味悪くじっとりといやな感じが残る前衛的な小説で、そこに「恋愛小説」的なニュアンスはない(と思う。読んで20年以上経っているので多少曖昧だ)。

しかし、この「恋するザムザ」では、カフカの「変身」を読んだ人なら誰しもがニヤリとする、遊び心と大人のエッセンスが振り掛けられている。

文体も最近の長編よりもスッキリした往年の春樹節に近く、豊かで味わい深い読後感を残してくれた。

 

うーん、やっぱり春樹さんは凄いなあ。

僕も小説もまた書きたいな。来年は小説も1本くらい書いてみるかな?

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