小説・フィクション書評

羊をめぐる冒険 by 村上春樹 〜 失われ続ける切ない物語は村上春樹ワールド確立の初期の名作!!

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「羊をめぐる冒険」1回目の書評 2011年9月

今年は200冊の読書を目標に掲げていて、そのうちの20冊は文芸書を読むことにしている。

前半思うように進まなかったので、後半は多少文芸書を多めに読もう。

今回紹介するのは村上春樹の「羊をめぐる冒険」。

この小説は1982年に出版された大ロングセラーで、村上春樹の一つの転換点となっている作品だ。

羊をめぐる冒険 by 村上春樹 — 村上ワールドの誕生 初期の名作!!

村上春樹の転換点

なぜ「転換点」なのかというと、デビュー3作目となるこの作品の執筆前に、村上春樹は経営していたジャズバーを売却して、専業の作家になったからだ。

初期2作品は彼は仕事が終わった深夜に書き進めていたため、ページ数も少なくストーリーも切り取った絵のような趣なのに対して、この「羊をめぐる冒険」以降、彼の作品はまさに「長編」という名がふさわしい、重厚感を持つストーリーに仕上がるようになっていく。

村上春樹自身、初期2作品の出来が気に入らないようで、「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」の初期2作品は、一切翻訳がされておらず、日本語以外の言語では読むことができない。

だが、僕は個人的には、初期2作品も翻訳したらいいと思う。だって、この初期2作とこの「羊」は話が繋がっているのだから。

ちなみに、今年になってから初期2作についても再読してレビューを書いているので、もしよろしければどうぞ。

「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」、「羊をめぐる冒険」、そして「ダンス・ダンス・ダンス」は村上春樹の「羊四部作」としてファンの間では有名で、彼の初期の代表作の一つとされている。

この四部作のうち、最初の2つが読めないなんて、海外の人達は何て気の毒なんだろう。

僕自身、この「羊を巡る冒険」も、多分10回以上は再読している。

今回も久し振りに我が家に戻ったような、懐かしさとともに、本を開いた。

分厚い本だ。ハードカバーで408ページもある。文庫版は上下巻2冊に分かれている。

羊男の誕生

村上文学の大きなテーマの一つが「喪失」だ。

彼の物語の中では、多くの人々、主人公の「僕」を含めた多くの人々が、さまざまな理由で色々なものを失っていく。

そしてこの「羊をめぐる冒険」は、その「喪失」を真っ正面から見据えたという点でも、大きな転換点であり、そしてチャレンジでもあったと思う。

季節は秋から冬の入口、そして場所も東京からさらに寒い北海道へと移動する。

住む家をなくし、恋人をなくし、親友をなくし、そして親友と共有した時間をもなくしていく。

全体の物語はとても暗く後ろ向きなのだが、それでもきっちり読めてしまい最後に感動を呼び起こす。

それは、良く練り込まれたストーリーとともに、後の村上文学の代表的手法となる、異物の存在によって支えられている。

初期の2作品にも、ちょっと怪し気な人物は登場していた。実在するのかしないのか、良く分からないようなキャラクターだ。

代表的なのは、1973年のピンボールに登場した双子の女の子達だ。

彼女達は名前も住む場所も明かされず、ある日突然「僕」の家にやってきて共同生活を始める。

文章を読む限り、「僕」と双子は性的関係を持っているようだ。だが、何も分からない。

そのような怪しい登場人物がこの物語ではステップアップして、人間ではないモノへと進化する。

村上文学の代表的手法である、現実と幻想がシームレスに繋がり、実世界とお伽話の壁を登場人物がやすやすと乗り越えてしまう形。

このスタイルは、この「羊をめぐる冒険」で誕生した。

この物語には、幾つかの「人間ではない」人物が登場する。

まずは「羊男」だ。

この羊男は羊の毛皮を着込みお面もつけているが、日本語を話すしタバコも吸う。戦争から逃れて山奥に隠れたというが、何者なのか分からない。

最初は人間なのかそうではないのかがあやふやな登場の仕方をしているが、物語の中でこの「羊男」は幻であることが判明する。

そしてもう一人登場する、いや、正確には登場すらしないのが、「羊」である。

この羊が何なのかを探しに「僕」は旅に出て、かつての親友「鼠」思わぬ形で再会する。

「羊」が持つ大いなる意志とは邪悪なものなのか、羊は何を望みどこへ向かっているのか。

それがこの物語の骨格である。冷静に書くとメチャクチャばかばかしいのだが、登場人物たちが全員冷静かつ普通にこの状況を受け入れるので、物語として成立してしまうのだ。

「僕」というキャラクター

主人公にもヒロインにも名前がない。

それも初期村上文学の特徴だ。「僕」は「僕」でしかなく、名前がない。

恋人も「彼女」とだけ呼ばれ、名前を持たない。

不思議な匿名性の中に僕達読者は放り込まれるが、やがてその匿名性が心地良くなる。

そして、主人公「僕」の生き様は、1980年代から1990年代の男性の生きるスタイルに、多少の影響を与えた。

物語の中で主人公はせっせと料理を作り、掃除をし、洗濯もする。

それまでのマッチョな時代の男性主人公とは明らかに違うライフスタイルを「僕」は提示していた。

大江健三郎や中上健次の小説で主人公が料理をしたり洗濯をするシーンが出てきただろうか。

村上春樹が日本人男性の生活様式を変化させたのか、それとも村上春樹が変化を先取りしたのか。

そこは分からない。だが、1982年当時の日本人が描いていた「主人公」とはかけ離れた主人公像を提示したのが、この「僕」であった。

投げっぱなしじゃないエンディング

村上春樹の長編は、多くのケースでエンディングを読者に投げるという手法が採られる。

終わったのか終わらなかったのかが分からない。何がどうなったのかが分からない。

典型的なのは「ノルウェイの森」のエンディングで、その後主人公がどうなったのか、ヒロインとどう応えたのか、一番知りたいところの手前で物語がバサッと切られている。

「1Q84」もこのまま続きが書かれなかったとしたら、かなり「投げっぱなし」なエンディングとなる感じだ。

だが、この羊四部作に関しては、村上春樹はかなり分かりやすいエンディングを用意してくれている。

当初は三部作として書かれたため、本書の帯には「ラスト・アドベンチャー」などと書かれているが、実は物語は終わっていない。

このような明確なエンディングからさらに続編が作られるとは、なかなか思い付かなかった。

まとめ

村上文学の本格的出発点となるこの「羊をめぐる冒険」。

個人的には、是非前2作、「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」と併せて読んで欲しい。

そして続きは大団円を迎える「ダンス・ダンス・ダンス」へと引き継がれていく。

舞台が秋ということもあり、今の季節にぴったりの長編ではないかと思う。

少しずつ涼しく過ごしやすくなってきた秋の夜を、羊男の滑稽な姿を思い浮かべながら過ごすのも良いのではないだろうか。

村上文学の初期作品は牧歌的でシリアス過ぎないので、安心して読めるのがいいね。

オススメの作品。何回読んでも飽きない。

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