小説・フィクション書評

風の歌を聴け by 村上春樹 〜 旅はここから始まった 村上春樹デビュー作

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2011年5月3日の書評

風の歌を聴け」。

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講談社
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何度再読したか分からないほど読んだ。村上春樹さんのデビュー作。

村上春樹さんの作品が大好きだ。小説は全部読んだ。エッセイも手に入るものは全部読んでいるはず。

今や日本で一番有名な小説家ぶっちぎりNo.1となった村上春樹さん。

日本での知名度はもちろん、海外での知名度が桁外れである。

そして今や「文学」の本流とまで言われるようになってしまったが、彼が登場した時、文壇は彼の小説を「西洋かぶれ」「日本文化の息吹がない」などと非難した。

そしてつい10年くらい前までは、「好きな作家は?」と訊かれて「村上春樹さん」と答えると、文学好きの人には「あんなもん読んでちゃダメだよ」と揶揄されたものだ。

時代は変わる。でも村上春樹さんは変わらない。

本書「風の歌を聴け」は村上春樹さんのデビュー作。1979年出版だから、もう32年も前の作品になる。今計算してビックリした。

風の歌を聴け by 村上春樹 — 旅はここから始まった 村上春樹デビュー作

計算しつくされたクールな多視点

本書は群像新人賞の受賞作であり、村上春樹の初期「羊」四部作の第1作である。

軽快なタッチとクールな文体が特徴的で、分量も少なくあっという間に読めてしまう。

だが、この作品には多くのトリックがあり、計算があり、そして仕掛けがある。

その中でも特に良く作り込まれているのが、多視点の構成である。

この小説の主人公は「僕」で、原則一人称小説として書かれている。村上春樹さんの有名な「僕」の誕生である。

この小説以来「ねじまき鳥クロニクル」に至るまで、村上春樹さんはひたすら小説を一人称で書き続けた。

だが、実はこの小説には主人公の「僕」以外の視点が複数ちりばめられていて、複眼的な視点が物語の展開をよりポップでスピード感のあるものにしている。

例えば「僕」と電話で会話するラジオ局のDJ。画面が切り替わったかのように、彼は突然登場して語り出す。「僕」はそこにいないし、彼は「僕」のことを知らない。

他にも子供の頃の「僕」の視点、そして「僕」の友人「鼠」が書いた小説の中の主人公の視点などが目まぐるしく入れ替わる。

そしてもう一つ、究極の視点。それは小説という枠からはみ出した、著者村上春樹の登場である。

デレク・ハートフィールドは実在しない

小説に「まえがき」や「あとがき」があることは珍しくない。

だが、この「風の歌を聴け」は冒頭の第1章が、いかにも「まえがき」のように書かれていて、そこには小説の主人公とは別の、小説家村上春樹氏が登場する。

そして小説の最後にも村上春樹氏が登場して「あとがき」のようなことを書いているのだが、実はこの「まえがき」と「あとがき」も小説の一部、フィクションである。

まえがきとあとがきには、作者村上春樹が尊敬し一番影響を受けた作家として、デレク・ハートフィールドという人物の名前を挙げ、彼の作品を引用したり、彼の人となりを紹介したり、揚げ句の果てにはハートフィールドの墓参りに行ったというエピソードまで書いている。

だが、デレク・ハートフィールドという人物は実在しない。

ハートフィールドは、村上春樹さんがこの小説に登場させた架空の作家であり、この「まえがき」と「あとがき」もひっくるめてフィクションなのである。

Wikipediaによると、今でもこの「風の歌を聴け」を読んで、図書館に「デレク・ハートフィールドを読みたい」という問い合わせがくるという。

それくらい良くできたフィクションであり、良く練られた構成なのだと思うが、引っかけでもあるわけだ。

村上ワールドの原点

この作品において、すでに幾つかの特徴的な村上ワールドが現われている。

一つは物語が解決しないまま読者に放り投げられてしまう手法。

「僕」にビーチボーイズのレコードを貸してくれた女の子、ラジオでリクエストしてきた子は結局誰だったのか?

ラジオのDJが紹介した、寝たきりの病気を患った女の子は誰だったのか?

指が4本しかない、「僕」と仲良くなったレコード店の女の子はどこにいってしまったのか?

数々の問題が解決されないまま物語はどんどん進んでいく。

それまでの日本の作家達にはなかった手法だ。主要な登場人物が、いつの間にかどこかに消えてしまうのだ。

そしてもう一つの村上ワールド。それは「僕」の周りに女の子が押し寄せてくることだ(笑)。

村上春樹の小説の主人公は若い男性のことが多い。

だが、主人公は様々な女性と知り合うのだが、主人公が女性を口説いて落とすという場面は、まず出てこない。

必ず女性が「僕」を口説くのだ。もしくは女性の方から「僕」にセックスしようよと誘うのだ。

この世界観は最初に村上作品を読んだ時から、独特だなあと思っている。

現実の世界に、そこまで積極的な女性が満ち溢れているとは思えない。

村上春樹さんの周囲だけ、そのように積極的で魅力的な女性が多いのか?

それとも、この女性達の積極性と「僕」の消極性も、ファンタジーの一部として機能しているのだろうか?

いずれにしても、とても面白い世界観だと感じている。

まとめ

短くて軽い、ポップな物語。でもその中には多くの悲しみや切なさが含まれている。

村上春樹さんは当時千駄ケ谷近くでジャズ喫茶兼バーを経営し、自らカウンターに立ち接客をしていた。

そして店を閉めた後、真夜中にこの小説を書いて投稿したという。

多くの村上春樹さんの小説は世界中に翻訳され出版されているが、この「風の歌を聴け」は、著者の意向により日本語以外では読むことができない。

作品の水準が翻訳に値しないと村上春樹さんが考えているためなのだが、とても勿体ないことのように感じる。

これは、大いなる船出の本だ。

僕は友だちに「村上春樹さんを一冊も読んだことがないんだけど、どれから読むといい?」と尋ねられたら、この「風の歌を聴け」から始まる四部作を必ず薦める。

今回読んで、やはりとても好きな作品だと実感した。

「1Q84」から村上春樹さんに入った人も、「ノルウェイの森」の映画だけ見たよという人も、是非この作品から始まる村上ワールドに足を踏み入れて欲しい。

今後「羊」四部作を始め、村上春樹作品の書評をポツポツ書いていこうと思っています。

まず船出はこの作品から。大好きだ。

「風の歌を聴け」のチェックはこちらから!

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