マーケティング・ブランディング書評

三ツ星で学んだ仕事に役立つおもてなし by 黒岩功 — 三ツ星が教える 究極ビジネスツール「カリテプリ」って何だ? 7つの実例

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僕は飲食店が好きだ。

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「飲食店が好き」という言い方は微妙に響くだろう。

「食べるのが好き」とか「お寿司屋さんが好き」という言い方なら分かるだろう。

でも僕は「飲食店が好き」なのだ。

フードビジネスが好きなのだ。

 

 

僕の父も母もミュージシャンだ。両親は僕が小学生のときに離婚した。

二人は結婚しているときは夫婦で一緒に、離婚したあとはそれぞれ別の場所で飲食店を経営していた時期があった。

そのせいか、僕は子供の頃から飲食店に興味がある。

高校2年生から24歳で就職するまでの8年近く、ずっと飲食店でアルバイトをしてきた。

フランス料理屋さん、イタリアン、カフェ、カウンターバーなどで、結構なコア・アルバイターとして働いてきた。

就職してからは飲食店にはお客として行く専門になってしまったのだが、僕の将来の計画には「飲食店経営」が入っていたりする。

食べるのも呑むのも好きだが、飲食店そのものが好きなのだ。

 

 

ところで皆さんは「カリテプリ(qualité prix)」という言葉をご存知だろうか。

フランス語で、「お金以上の価値、お金以上に大切なもの」という意味だ。

日本版も登場して久しいミシュランガイドという本がある。

本家パリのミシュラン三ツ星レストランが掲げる価値、それこそが「カリテプリ」なのだ。

パリの三ツ星レストランで修業した日本人シェフ、黒岩功さんが書かれた本に出てくる言葉なのだが、この本が実に素晴らしかった。

三ツ星で学んだ仕事に役立つおもてなし」という本だ。

 

三ツ星で学んだ仕事に役立つおもてなし黒岩功 アチーブメント出版 2013-11-30
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帯に坂本光司さんの言葉が踊っている。

カリテプリこそ究極のビジネスツール」。

僕もまさに、21世紀最強のビジネスツールは「カリテプリ」だと感じた。

リピート率8割という、奇跡のレストラン、「ル・クロ」のおもてなしをさっそく紹介しよう。

 

 

 

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三ツ星で学んだ仕事に役立つおもてなし by 黒岩功 — 三ツ星が教える 究極ビジネスツール「カリテプリ」って何だ? 7つの実例

 

1. 三ツ星と「おもてなし」のマリアージュ

この本の著者黒岩功さんは、21歳のときにスイスに渡り、3年間パリの三ツ星レストランも含めたレストランで修業をした経験を持つ。

パリでの三ツ星レストランでの修業期間は「無給で無休」という凄まじい待遇。

訪欧前の貯金と、土日に和食レストランでアルバイトをして稼いだお金で生活をしていたという。

しかしそのパリの三ツ星レストランでの経験が、黒岩さんを大きく成長させた。

黒岩さんは帰国後大阪で三店舗のフレンチレストランを経営するオーナーシェフとなり、この冬には念願だったパリ出店も果たした。

東京進出も準備中とのことだが、驚くべきは経営する「ル・クロ」の顧客リピート率が80%を超えている点だ。

その秘訣を黒岩さんは以下のように書いている。

 

「どんなお店でも真の格というもきは、そこで働くスタッフが持つ「基準」で決まります。働く人が、それぞれどんな基準を持って仕事に臨んでいるかが、豪華絢爛な内装や店の歴史以上にお客様に格式として認識されるのです」

 

パリの三ツ星レストランで働くスタッフたちが共通して持っていた圧倒的に高い基準。

それこそが「カリテプリ」、「お金以上の価値、お金以上に大切なもの」という言葉に集約されるのだ。

パリの三ツ星フレンチに行けば、安くない金額のお金を支払うことになる。

しかし、支払ったお金以上の体験ができると知っているからこそ、世界中から多くの人々が三ツ星に殺到し、予約困難という状況が生まれるのだ。

 

 

黒岩さんはいっぽうで、パリやスイスで働いたからこそ、日本人の持っている「おもてなしの心」のレベルがとても高いと書いている。

ヨーロッパにおいては、日本人が当たり前にやってることが、とても高く評価されるのだ。

そのことを知った黒岩さんは、自分の店を作るにあたり、コンセプトを以下のように決めた。

 

「つねにに最高のものを提供するという三ツ星基準の良いところと、日本のおもてなしの良いところ双方の「Mariage(マリアージュ = 調和)」

 

このコンセプトを実践に移すことができたからこそ、「ル・クロ」は多くの顧客に愛され続けているのだ。

そしてその繁栄の秘訣は、多くのビジネスを成功させるのに応用可能なものなのだ。

 

 

 

2. パリの三ツ星レストランのシェフの合言葉

パリの三ツ星レストランのシェフが仕事中に事あるごとに使う言葉があるという。

それは、「Maximum?」、「最高か?」という問いかけだ。

焼き加減、ソースの味付け、盛り付け、すべてが常に「Maximum」でなければ三ツ星を維持することはできない。

「ときどき最高」ではダメなのだ。「常に」何もかもが最高でなくてはならない。

そのために必要なのは、「チームワーク」と「リーダーシップ」だ。

調理場もホールもすべてのスタッフが1つにまとまっていないと、最高の料理は提供できないのだ。

黒岩さんの言葉を引用しよう。

 

一般に三ツ星のフランス料理店では、孤高のシェフが最高の食材を使って腕を振るっているというイメージがあるかもしれませんが、じつはまるでオーケストラのように、それぞれの持ち場で最高の技術を発揮する料理人がおり、それをまとめあげるコンダクター(指揮者)がおり、さらにはサービスの責任者も揃って、それらが一つのハーモニーとなったときに、はじめて「最高の一皿」が完成するのです。

 

パリで三ツ星基準の働き方を学んだ黒岩さんは、自らの店「ル・クロ」でも従業員のコミュニケーションと教育に徹底的にこだわっている。

そこには各店舗のマネージャーの育成も含まれる。マネージャーが正しくスタッフを育てることができなければ、店が自律的に成長することはできないからだ。

それらのこだわりの結果、多くのスタッフが定着し、1度退職したスタッフが再び「やはりル・クロで働きたい」と戻ってくるケースが多発するようになったという。

スタッフとの一体感の醸造に関しては、本書に詳しく書かれているので、是非読んでみて欲しい。

 

 

 

3. 三ツ星基準で生きるということ

21歳にして海外に飛び出した黒岩さんだが、言葉もできず人生経験もなかったなかでの三ツ星修業は大変だったという。

しかし、そのしんどさの向こうあるチャンスを夢見て必死に働いたという。

 

「三ツ星の基準で働くのは、はっきり言って大変です。ですから、仕事から生きる喜びまで感謝できるよう、いつも自分に問わないと主体性を持って働けません」

 

常に一流の考え方、一流の人の行動、立ち居振る舞いに触れ続けることで、自然と自分の中での基準が高くなる。

そして高い基準を持つ自分が求める結果を出そうと、内発的な動機付けがされ、実力をつけようと努力する。

それが良い仕事に繋がり、人に喜ばれることで、さらに高いレベルを目指すようになる。

これが成功に向かうスパイラルだ。

言葉も分からず無給で働かせてもらった苦しい状態からでも、この「成功のスパイラル」を生み出すことができた。

これこそが、「三ツ星基準で生きる」ことなのだ。

 

 

 

4.  コンプレックスを伸びしろに変える

飲食業はハードな仕事である。

時間も長いし立ち仕事である。

そのような環境の中で、ル・クロのスタッフたちが「カリテプリ」、お金以上の価値をお客様に提供することを目指して働いている。

そのことは業界内外で不思議に思われることも多いという。

黒岩さんは、そこには黒岩さん自身が克服してきた、コンプレックスを伸びしろに変える仕組みが働いているという。

黒岩さん自身、子どもの頃は運動も勉強もできず劣等生で、コンプレックスの塊だったという。

そんな黒岩さんがクラス中の人気を集めたのが、家庭科の授業でキャベツの千切りを実演したときだという。

家の手伝いで料理を作っていた黒岩さんにとって、キャベツの千切りは朝飯前だった。

しかし、クラスには他にキャベツの千切りができる児童はおらず、先生までが驚いたという。

「僕にもできることがある」という喜びが、黒岩さんをシェフへと導いたのだ。

黒岩さんは言う。

 

「つまり、コンプレックスとは「その人がなりたい姿で、まだ使われていないその人の能力」ということになります」

 

ル・クロでは、トップ陣が店の真意として、従業員のコンプレックスと向き合い、どう本人の成長につなげるかを話し合う。

ル・クロは、従業員にとって、コンプレックスの真意に気付かせてくれる場所であり、自己実現の舞台となる会社なのだ。

 

 

 

5. 独立するマネージャーに顧客リストを渡す気合い

あるときル・クロの1号店の売上が対前年比で70%も落ち込んだ。

それは、創業期からル・クロを支えてきた1号店のマネージャーが独立したためだ。

黒岩さんは、独立するマネージャーに顧客リストを渡し、こう言って送り出した。

 

「これまでのお客様は、あなたがほんとうに身を削って常連様になってくれた人たちだ。新しいお店にお客様を連れていってもいいよ」

 

僕はこの文章を読んで全身に鳥肌が立った。

従業員、特に店の看板となるマネージャーが退職するのは黒岩さんにとって辛いことだったはずだ。

ずっと一緒にやってきた右腕が退職するという意味で、精神的にも辛いし、中核を担うマネージャーが抜けることは実務としても厳しいだろう。

そんな状況で、自分が経営する店の顧客リストを、これから独立して別の店を構えようとしている従業員に渡せる経営者を僕は他に知らない。

顧客リストは店にとって最大の価値だ。普通なら退職する人間がこっそり持ち出したりしないよう目を光らせるようなモノだ。

それを「持っていっていいよ」と渡してしまえる心の深さは本当に凄い。

黒岩さんはこの行為を「私なりの応援」とさらりと書いているが、実際70%の顧客が元部下の店に流れてしまったのだから、普通なら頭を抱えるところだ。

 

 

売上が落ちた1号店を任された後任のマネージャーとシェフは大変だ。

意気消沈する二人に黒岩さんが掛けた言葉は、「これで、今度100%に戻したら、全部ふたりのおかげやで!」

おもてなしの土台がなくなったわけではない。ル・クロが否定されたわけではない。

ふたりを中心に1号店スタッフ皆でル・クロのおもてなしの姿勢を貫いた結果、1年半後には、売上が100%を超えた。

この出来事は、1号店トップだけでなく、ル・クロ全体にとって、大きな自信になったという。

 

 

 

6. 結婚式まで生きられない新婦の父親への貢献

ル・クロ3号店は、ウェディング専門店である。

ル・クロで結婚式を挙げる予定だった新婦の父親が、緊急入院して余命一ヶ月の宣告を受けた。

予定されている結婚式まで間に合わない。

そのとき、ブライダルスタッフから新郎新婦に提案したのが、父親が入院している病院での記念撮影だ。

病院に許可をもらい、ウェディングドレス姿の新婦と正装した新郎、それに両親で、病院で記念撮影を行ったのだ。

式の当日と2回写真を撮ることになり、手間は2倍になった。

しかも、スタッフからの提案だからということで、病院での撮影には一切料金を上乗せしなかったという。

このエピソードにも、僕は心を打たれた。

病院での撮影を提案するところまでは、もしかしたら他の店でもあるかもしれない。

しかし、スタッフを病院に出張させ衣装を用意し、カメラマンが撮影したすべてのコストを、店側の負担としてしまう心意気は、心底「凄い!」と思わず本を読む手を止めて言葉が出たほどだ。

結婚式当日、二つの言葉がル・クロの哲学を物語っている。

家族が「お父さんと写真が撮れたこと、本当に感謝しています」と言ってくれたこと。

そしてカメラマンが「これがル・クロですよね」と言ったこと。

三ツ星基準の仕事と「おもてなし」のマリアージュが具現化された瞬間である。

 

 

 

7. フレンチレストランで「和食が食べたい」と言われたとき

ル・クロはフレンチレストランである。

フレンチレストランに来て「和食が食べたい」と言われたら、もしあなたがシェフだったらどう対応するだろうか?

実際にル・クロに来店されたお客さんから、このようなリクエストがあった。

「祖母がバターや生クリームが苦手なので和風の料理を出してもらえませんか?」と。

予約の時点で相談されていれば、まだ良かったのだが、来店後突然言われてしまい、スタッフも困ってしまった。

おばあさんは子供と孫に誘われて、フレンチが苦手だと言い出せずに来店したのだという。

そのときに黒岩さんは、自分の家族が困っていたらどう対応するか、ということを店のシェフに伝えた。

 

「自分のおばあちゃんやったら孫として頭下げてでも、何とかしてもらおうとするやん。お客様に何も食べられへんで悲しい思いをさせるんか?」

 

結果、フレンチをベースにしながらも、和の味付けで工夫してアレンジした料理を提供することになった。

結果的に、おばあさんにも喜んでもらえ、家族でその後もリピートしてくれるようになった。

さらに、そのごおばあさんはフランス料理が好きになったという。

不可能だと思われる事柄、そこまで対応しなくても責められることはないというレベルまでお客さんの身になんて考え行動する。

これこそが、「カリテプリ」を象徴するできごとではないだろうか。

 

 

 

まとめ

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現代の日本には物が溢れている。

商品の機能や性能はみな似たり寄ったりで、差別化要因になりにくくなっている。

レストラン業界に限ったことではなく、どの業界においても、20世紀までのような売り方ではモノが売れなくなっているのだ。

そんな21世紀に人々を惹き付けて離さないのが、ル・クロが実現している「カリテプリ」だ。

他では体験できない感動体験、楽しさ、快適さ、そして美味しさを求めて、人々は「ル・クロ」に通い続ける。

そこには徹底的な愚直さとお客様の身になって考える貢献の姿勢がある。

そしてオーナーシェフ一人がそれを実現するのではなく、トップ陣と従業員が黒岩さんの哲学に共感して、オーケストラのように美しいハーモニーを奏でている。

これこそが、21世紀型の共感マーケティングの最強の実例ではないだろうか。

「効率」「利益率」「資産総額」。そういった言葉では言い表せない世界観に、人々は惹かれるのだ。

ル・クロのようなスタイルでは、ファストフード店のような多店舗展開は当然できないだろう。

しかし、そこには「絶対にル・クロでなければできない体験」がある。

何店舗出すのかではなく、売上をどこまで拡大するかでもなく、どれだけお客様に喜んでもらえるか、どれだけお客様に愛されるか。

それを経営の判断基準にしているなんて、まさに最先端だろう。

これこそが21世紀の究極ビジネスツール。

間違いない。

素晴らしい一冊でした!オススメです!!

 

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