エッセイ書評

走ることについて語るときに僕の語ること by 村上春樹

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村上春樹さん著、「走ることについて語るときに僕の語ること」という本を読んだのでご紹介。

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本書は2007年に刊行され、僕は刊行と同時にハードカバーの単行本を購入し、すぐに読んだ。

その後も何度か再読しているのだが、ブログを検索しても書評が出てこず驚いた。

僕は村上春樹さんのエッセイの中では本書は3本の指に入るくらい好きな本なのに、なぜ書評を書かずに来たのか。

今回久し振りに(ブログの日記記事によると2020年に再読していたらしい)再読したので、やっと書評を書くことができる。

最近ブログに書評を書く習慣が途切れてしまっていたので、これを機に復帰できればとも思っている。

さっそく紹介しよう。

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50代後半で月間350km走るということ

本書は大別すると2005年から2006年にかけて書き下ろされた部分と、1983年から1999年にかけて複数の雑誌に掲載された原稿の引用からなる。

僕がこの書評を書いている2024年現在で村上春樹さんは75歳である。

ということは、書き下ろし原稿が書かれた2005年が19年前になるので、当時春樹さんは56歳である。

今回本書を再読し始めて驚いたことは、当時56歳の春樹さんが、ニューヨークシティマラソンに向けてのトレーニングとして夏場に月間350kmもランニングをしていたことだ。

この記事を書いている時点で僕は54歳だが、56歳で月間350kmを走破するのは並大抵のことではないと思う。

僕は今まで5本のフルマラソンを完走したことがある。最後にフルマラソンを完走したのは2014年11月だから、今から10年だ。

当時はレースに向けてのトレーニングとして自分なりにはかなり走り込んでいるつもりだったが、それでも最長で月間270kmだった。

当時の僕はまだ40代前半だったが、それでも270kmは相当なものだった。

本書が出版されて最初に読んだときの僕はまだレースに出場した経験もなく、ダイエットのためにぽつぽつ走る程度で、しかも体重100kg越えの肥満体だった。

年齢的にも30代だったから、春樹さんの350kmという距離が具体的にイメージできなかったのかもしれないし、年齢に差が大きかったから50代後半でのランニングというイメージが持てなかったかもしれない。

今回再読のタイミングで僕の年齢が当時の春樹さんの年齢に近づいてきたこともあり、改めて彼のストイックさに衝撃を受けることになった。

春樹さんは偉大な小説家だが、ランナーとしても凄い人だと再認識させられた。

人はどのようにして走る小説家になるのか

本書は春樹さんがどのように走ることと向き合ってきたかがテーマのエッセイである。

その中で1つの章を割いて、どのようにして春樹さんが日常的に走る人になったかを振り返っている。

春樹さんが日常的にランニングをするようになったきっかけは、それまでの兼業作家から専業作家になった頃だったという。

それまでの春樹さんは飲食店を経営し自ら店に立つマスターをしており、日々激しい肉体労働をしながら小説を書いていた。

それが専業作家になると、放っておくと座りっぱなしになり運動不足となり太り始め、タバコも吸いすぎてしまうようになった。

このままでは小説家として生きる体調を維持できないと危機感を持った春樹さんが選んだのがランニングだったのだ。

そして飲食店経営の時は夜中まで働き帰宅した後に小説を書く昼夜逆転の生活だったのを、早寝早起きの朝型に改めタバコもやめ、今の春樹さんのライフスタイルへと変化していった。

そこから日常的に走る習慣を持った春樹さんが最初にフルマラソンを走ったのはレースではなく雑誌の取材でギリシャのアテネからマラトンまでを独りで走破した時だった。

僕もこの本に影響を受けて独りでフルマラソンの距離を走ったことが2回ほどあるが、大人数で一緒に走るレースと違い、単独行の42.195kmはめちゃくちゃキツいものだ。

しかも真夏のギリシャでの独りフルマラソンは、たとえ取材陣が車からサポートしたとしても非常に厳しいものだっただろう。

このコースはオリジナルのマラソンコースを逆走する形で、このレースを機に春樹さんは多くのレースに出場することになった。

「ダイエット」「健康維持」が走るきっかけという点は僕とまったく一緒である。走るようになってタバコを止めたのも共通だ。

そして僕の場合も独立して文章を書く仕事をメインで行うようになり、やはり体力の維持と健康管理(太らないことも含む)のために走り続けるという点も共通している。

春樹さんがエッセイ「遠い太鼓」のなかで、執筆で脳だけが疲れても身体は座りっぱなしでバランスが悪くなるので、走って身体も疲れさせる必要がある、というようなことを書いていて、すごく共感した覚えがある。

あと、また別のエッセイで春樹さんが「ランニングは動的な禅である」と書いていて、これにも強く共感した。

ランニング中は心拍数も呼吸も日常より上がっていて、でも運動としては単調なので内省が進むのだ。

クリエイティブな仕事と走ることは、実は非常に相性が良いのだと僕も感じている。

春樹さんの本書での言葉をひとつ引用しよう。

「僕自身について語るなら、僕は小説を書くことについての多くを、道路を毎朝走ることから学んできた。自然に、フィジカルに、そして実務的に。」

50代後半にして走り続けるということ

冒頭に触れたとおり、この本の原稿を書いていた時点で春樹さんは56〜57歳である。

もし春樹さんが30代のマラソンを始めたばかりのタイミングでこの本を書いたなら、そのテイストはまったく異なるものになっただろう。

実際本書のなかには春樹さんがギリシャで独り初マラソンを走破した時の原稿が引用されている。

人間誰しも20年の時を経れば身体のコンディションは大きく変わる。シンプルに言えば「20年分年をとる」のだ。

この本のなかで春樹さんは最大月間350kmという過酷なトレーニングをしたにも関わらず、今までのようなタイムで思うように走れなかった、という結果と対峙することになる。

その後もトレーニング方法を変え別のフルマラソンに挑むが、やはり結果は期待した水準のものではなかった。

50代後半となった春樹さんが、自分自身がかつてのようなタイムでは走れなくなっていることと向き合うことが現在進行形で語られるのが、ある意味切ない。

しかし同時に春樹さんの達観とも諦観とも感じられる「生命としての道のり」を受け入れる姿勢が清々しくもある。

「受け入れてはいるが、諦めてはいない。まだまだ出来ることはある」という自己客観視と流れに逆行しようという意志が共に感じられるのだ。

本書の最後に春樹さんは自らの墓碑銘にこう記して欲しいと書いている。

これこそが本書で春樹さんが一番伝えたかったメッセージなのだと強く感じた。

「村上春樹 作家(そしてランナー) 少なくとも最後まで歩かなかった」

まとめ

この本の原稿が書かれて20年弱が経過し、春樹さんは75歳になっている。

2024年現在も春樹さんは日々走っているだろうか。

きっと今でも毎日走っているのだと僕は勝手に想像している。

日常的にブログやSNSでの発信をしない春樹さんなので、彼の今を知る機会は限られている。

でもきっと春樹さんは本書で望んだ墓碑銘どおりの人生を生き切るために、最後まで走り続けるのだろう。

それが彼のライフスタイルであり、生き様なのだ。

「走ることは生きること」。

そう言い切れる彼の姿勢を心から尊敬したい。

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走ることについて語るときに僕の語ること

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