思うこと



1998年3月18日(水)


I Want You / The Beatles


最近sexしましたか?

何とも下世話な話で始まってしまったが、今日帰りの電車の中でふと考えたことを整理して文章にしてみようと思う。

僕は18歳で童貞を捨てて以来、これまでに二度ほど非常に長い期間sexを行わなかった時期があった。

一度目は20歳から22歳までの約2年間、そして二度目は24歳から26歳までの約2年間。普通の大学生なら暇と体力にまかせてやりまくっているような年齢だ。

別に特殊な宗教に身を投じて禁欲生活に突入していた訳ではないし、悪質な性病を患っていた訳でもない。ただ単にsexをする相手がいなかったというだけのことだ。いや、正確に言うと、sexをしたいと思う相手がいなかった。

念のために言っておくけど、したくない訳じゃない、もちろん2年も女性の体に触れていないのだから、死ぬほどしたいのだが、どんなに体が女性を求めても、心が閉じたまま全く開いてくれないのだ。誰でもいいからと肉体は叫ぶのに、僕の心は誰も受け入れないと固く決心してしまっていて、どうにもバランスがとれなかった。

今思えば「良く2年間も女性の体に触れずに生きていたもんだ」程度で済んでしまうが、当時はやはりかなり辛かった。何が辛いかというと、一旦知ってしまった温もりや充足感から2年間も隔絶されていると、体だけでなくどんどん心までが乾いていってしまい、気持ちに余裕がなくなってしまうことだ。

風俗にでも出向いていけば良かったのかも知れないが、当時の僕にはそういう機転は全く利かなかったし、今もしまたあの時のような情況に陥ったとしても、やはり僕は風俗関係で処理をするということはしないような気がする。金で買えるのはあくまでも肉体的な充足であって、精神的な乾きは癒してくれないと僕は思っているからだ。精子を放出するならマスターベーションで十分な訳で、問題は精神的な欲求の方だと思う。

「乾く」ということをもう少し具体的に説明したいのだが、イマイチうまい言葉が見つからない。簡単に言うと、自分が生身の有機生命体であることを忘れ、心と体が分離してしまい、恋愛や性に係わる全ての事象を理屈で捉え、解決しようとしてしまうという感じだろうか。

とにかく自分の頭の中で思考してからでなければ行動が起こせなくなる。自分はどうしてこの女性と寝たいと思うのか、とか、自分はこの女性を好きになるべきなのだろうか、とか、そんな感じだ。

いや、もちろん誰でも、この人のどこに惹かれるんだろう、ぐらいのことは考えることはあると思うが、そんな単純なものではなくて、とにかく理屈をくっつけてからでないと相手をデートに誘うこともできない。例えば「この娘と付き合えば僕は自分の傷を癒すことができるのではないか」とか、「この娘と付き合えば、僕は自分のバランスを崩さずに過ごすことができるのではないか」とか、ようするに完全に自分を守ることしか考えていないのだよな、これが。

それだけでもかなり危ないのだが、当時は僕の「思考」の根源をなすべき僕の心自体がグチャグチャになっているのだから、僕の理論なんてものは完全に崩壊してしまっている。その瞬間毎には常に自分が正しいことをきちっと判断して行動しているつもりでも、その判断基準が3秒ごとぐらいに変化しているのだから、それに付き合わされた女性達には本当に気の毒なことをしたと思う。

心と体のバランスが完全に崩れてしまっているので、自分の言動が支離滅裂になってしまう。例えば自分からホテルに誘っておきながら相手の女性の体を見た瞬間に全てを放り出してしまいたくなるとか、ちっとも好きじゃない女の子に向かって思わず好きだと言ってしまったりとか、ホントに酷いものだ。

そんな精神状態で女性をいくら口説いても、相手もバカじゃないから、当然僕がホントにその相手のことを想っているのではなく、自分のことしか考えていないということはすぐにバレてしまい、うまくなんて行くわけがない。

ところが僕自身は自分がひどくマトモだと思っているから、どうしてうまくいかないんだろう、と悩み、自閉してしまう。必死に悩んで考えて、あれこれと理屈を見つけてそれを正当化し、また人を傷つけて人に傷つけられる。「自分がマトモじゃない」という、ひどく単純であり、同時に真理である一つの事実に気付かなかったために、僕は何度も何度も意味なく人を傷つけ、そして人に傷つけられてしまうことになった。

そして僕の心は次第に二つに分裂し始める。

僕の心の一番奥の部分は、まるで生まれ落ちたばかりの赤ん坊のように無防備に泣き叫んでいる。誰でもいいから僕の孤独を癒してくれ、僕を暖かく包み込んでくれ、と訴え続けている。

でも、泣き叫ぶ僕の心の一番奥を取り囲むように、鉄仮面を被ったもう一つの僕の心が冷たく立ちはだかっている。「お前はまだそうやって人にすがりついて生きていこうとするのか。誰かに守ってもらおうとして一体お前は何度裏切られて来たんだ。お前はもう誰のことも信用するべきではないし、誰にも心を開く必要もない。お前は一人でずっと生きていくんだ。お前にはそれが一番似合っているんだ」鉄仮面を被った僕の心は僕の叫び声を他人の耳に届かせることを拒み、分裂した心を抱えた僕の体は硬直し、僕の顔からは表情が消えた。

例えば、可愛い顔をした女の子が僕の車(今はもうないけど)の助手席に座っている。僕達はドライブをしている。

「立花君って、自分のことあんまりしゃべってくれないし、何だかすごく冷たい感じがする」彼女は言う。

僕は自分の弱さをさらけ出そうと思う。でもそれと同時に僕は自分の全てをさらけ出してしまうことによって相手が僕のことを好きでなくなってしまうのではないかと恐怖し、そしていかにして自分が傷つけられないですむかと考え、ぐるぐると考えを巡らせた揚げ句の果てに、「僕はお前に心を開かない。何故ならば僕はお前を信用していない。お前はきっとまた僕を傷つけ、僕を絶望させるだろう」という答えが脳裏に浮かぶ。

跪いて泣き叫びたい感情と、それを覆い隠そうとする防御本能が同時に僕の頭の中を駆け回り、僕は絶望したまま無表情に「そんなことないよ」とだけ言う。

言ってしまった後で、僕は必死に彼女が僕の心の一番奥の叫びに気付いてくれることを祈るが、僕はそれと同時に絶対に彼女が僕の心の一番奥を覗けないように、きっちりと仮面を被ってしまっている。

そして彼女は僕の冷たい言葉や態度に傷つき、僕から離れていく。

僕は彼女が離れていったことに傷つき、また絶望する。

絶望した僕は思う、誰でもいいから僕を助けてくれと。アドレス帳をめくって、誰彼ともなく電話をしまくり、留守番電話に向かって何の意味もない言葉を吐き出し、黙りこくったままの電話機をじっと見つめたまま夜を過ごす。ベルが鳴って受話器を取ると、さっきメッセージを入れた女の子の声が聞こえる。彼女の声を聞いた瞬間に僕は彼女に話すことなど何もないことを思い知らされるが、受話器を置くこともできずに、自分を賎しいものだと思いつつも平板で冷たい言葉を彼女に浴せ掛け、彼女を傷つけることしかできず、そして彼女を傷つけたことによってまた僕自身も傷ついていく。

そんなバカなことを何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返し、もうどうにも自分を支えられなくなった時に僕を救ってくれたのは、ホントに単純で純粋なsexだった。僕の猜疑心を一時的に麻痺させ、僕に温もりを与えてくれたのは、結局精神ではなく肉体だった。肌を合わせて温もりを共有し、ぴったりとくっついたまま眠った翌日に、僕は涙が出るほどすがすがしい朝を迎えることができた。たとえそれが僕にとっての理想の女性でなかったとしても。

温もりを得て僕はようやく気付いた、心と体は繋がっていて、どちらか一つだけを独立させて機能させることなんてできないのだということを。

あれからずいぶん時間が経ち、今僕は大切な女性と毎日抱き合って眠ることができる。僕も素直にそのことを表現できるし、彼女も同じことを求めている。

僕がこれからの人生において、あと何回sexをするのかは想像もつかないけれども、僕は死ぬまであの4年間のことは忘れないと思うし、また同時に忘れてはいけないとも思う。

たくさん傷ついた僕の心と、たくさん傷つけた女性達の心のためにも、きっと、あの日々のことは忘れてはいけない。

そう思う。



Romain / Bill Evans and Jim Hall


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