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中央線で八王子から三鷹へ そして関東バスで かつて暮らした東伏見へ [2026年1月 流浪の大徒歩 その2]

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元々は友達の家で昼飲みするはずが、意図しない形で始まった2026年1月の「流浪の大徒歩」。

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予期せぬ大移動の始まり 北山田 〜 中山 〜 八王子、さて次はどこに行こうか [2026年1月 流浪の大徒歩 その1]
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2026年1月流浪の大徒歩
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横浜線で八王子駅に到着した時点での僕は完全なノープラン。

ネット検索で八王子でランチでもしようかと思ったが、時刻はまだ午前11時で早すぎるし、お店も開いていないだろう。

立川から青梅線に乗り換えて奥多摩に行くか、などと考えていた時に、一つのアイデアが浮かんだ。

ではということで、中央線で東京方面へと向かうことにした。

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中央線で八王子から三鷹へ そして関東バスで かつて暮らした東伏見へ

大徒歩実施日

2026年1月31日(土)。

当日の様子

▲ 八王子から中央線で三鷹にやってきた。

僕は1997年1月から2002年11月まで、保谷市(現西東京市)東伏見に住んでいた。

当時は市ヶ谷に勤務先の会社があり、自宅から関東バスで三鷹駅に出て、三鷹から中央・総武線で市ヶ谷まで通勤する日々を送っていた。

三鷹駅北口は外装がリニューアルされた感じでオシャレになっていた。

 

▲ 三鷹駅は、駅自体は三鷹市にあるのだが、北口ロータリーは武蔵野市に属する。

北口ロータリーで関東バス「鷹13 柳沢駅行き」バスを待つ。

僕が暮らしていた東伏見へは、三鷹駅からと吉祥寺駅からバスが出ていた(今も出ている)。

市ヶ谷のオフィスからまっすぐ帰宅する日は三鷹から、買い物や食事をしたい日は、三鷹駅北口にはスーパーや飲食店がほとんどなかったので、吉祥寺経由で帰っていた。

 

▲ 東伏見のバス停に到着。

当時は「東伏見」というバス停名だったが、「東伏見稲荷神社」に変更されていた。

このバス停は青梅街道の「東伏見」交差点近くにあるが、最寄り駅となる西武新宿線の「東伏見駅」からは遠く離れている。今検索したら徒歩12分、850メートルとのこと。

そういう意味で「東伏見」というバス停だと、「東伏見駅」なのか「東伏見交差点」なのか分かりにくかったので、すぐ近くにある「東伏見稲荷神社」にバス停名を変更したのは正解と思った。

 

▲ 乗務員不足のため一部の便を運休しているとの貼り紙。

この後分かるのだが、吉55系統「吉祥寺駅〜柳沢駅」ルートは全便運休中だった。

 

▲ ちなみに三鷹駅から東伏見稲荷神社バス停までの所要時間は約15分。

朝や夕方のラッシュ時は道路混雑でもっと時間がかかった。

そしてバス停のすぐ近くには懐かしの「ラーメン 一八亭」が今も営業していた。

一八亭 (西武柳沢/ラーメン)
★★★☆☆3.23 ■テレビ紹介多数の油そばやここでしか食べられないイタリアと日本を調和させたメニューの数々! ■予算(夜):¥1,000~¥1,999

 

▲ すごく好きな店、というわけではなかったが、自宅から近くいつも営業していて、すぐに入れたので休日に重宝していた。

 

▲ この記事を書くにあたり食べログをチェックして驚いたのだが、今は店主さんがイタリア人とのこと。

メニューにも「ローマのまぜそば」などあって面白い。

とにかく生き残っていて嬉しい。

 

▲ 東伏見の交差点から武蔵野中央公園方向を見ている。

僕がこの地に住み始めた時は、正面の片側3車線の大通りは、片側1車線の狭い道で、バスがすれ違うのも大変な狭くて急な坂だった。

今では傾斜も緩やかになり大通りになってしまい、同じ場所とは思えな。

あと、当時は近所にスーパーが一軒もなくて北裏まで延々と歩いて買い物していたが、今では写真左奥に巨大な「オーケーストア」が出来ていた。

ここにオーケーがあれば、買い物はめちゃくちゃ便利だな。

僕がこの街を離れて元麻布三丁目(ほぼ麻布十番)に引っ越したのが2022年11月。

もう24年前のことだ。

それだけ時間がたてば、街も大きく変わる。

 

▲ 同じ交差点を反対側から東伏見稲荷方面を見ているのだが、こちらも様子が激変している。

右奥に大通りがあるのだが、この道が当時は存在しなかった。

今では五叉路になっていて、左奥に進む細い道が「脇道」みたいにあるのだが、当時はこちらの脇道しかなかった。

ここまで激変してしまうと、何が何だか分からなくなってしまう。

 

▲ 同じ交差点から青梅街道の新宿方面を観ている。

こちらは当時と景色は変わらない。

ただ交差点の左側は、新たに作られた大通りが付け替えられたため、建物も移築などがされたと思われ、当時の面影はない。

 

▲ 地図があったので詳しく確認。

南北に街を貫くように出来た新しい大通りはどこに行くのだろう?

この日のまとめ

1997年1月に僕は西麻布の実家を出て東伏見に引っ越しをした。

この場所を一人暮らしの拠点として選んだ理由は、前年1996年にお付き合いを開始した当時の恋人(のちの1回目の結婚相手)が東伏見に住んでいたのと、中央・総武線で勤務先のオフィスに通えたから。

「どうせ一人暮らしするなら恋人の家の近所がいいか」くらいに思ってアパート暮らしを始めたら、引っ越し当日から恋人が転がり込んできて、なし崩しに同棲生活が始まった。

そんな若き日の思い出の場所にやってきた。

つづく。

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