大鳥神社があるのは山手通りと目黒通りの交差点角。
大鳥神社への参拝を終えた僕は、目黒通りの権之助坂を目黒駅へと向かって上った。
この日は2026年2月4日、立春である。
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この日に不動前から歩いてみて、僕は大学時代の前半には、かなり足繁く目黒近辺に出入りしていたことを思い出してきた。
最初にお付き合いした恋人と同棲生活を送ったのは上目黒だったし、その後に婚約した恋人は不動前駅近くのマンションに暮らしていた。
近所のバーで働いていた友人は大鳥神社近くのアパート暮らしで、その部屋は仲間の溜まり場になっていて、雑魚寝させてもらったりしていた。
そして六本木のアルバイト先の飲食店が地上げで閉店したあと、その店のマネージャーが権之助坂にあったおしゃれ居酒屋の店長になり、そのお店にも良く通っていた。
そんなことを思い出しつつ、目黒駅まで歩いていた。
目黒川を渡り 権之助坂を上り 目黒駅から都バスで南青山へ [2026年2月 立春大徒歩 その5]

▲ 大鳥神社を出て目黒通りを歩くと、ほどなく目黒川にかかる橋を渡る。
車で鎌倉と東京を往復していたころは、時々首都高の渋滞を避けて目黒通りを通っていた。
特に元妻が中目黒に自分用の仕事マンションを借りてから、鎌倉と六本木の間に中目黒に立ち寄ることが増え、目黒通りを使う機会が増えた。
こうして徒歩で通るのは久し振りだ。

▲ 右の石標のようなものは、戦前に使われていた国旗掲揚台らしい。
そこには「目黒区下目黒」と書かれているが、左の立て札には「下目黒は旧町名で、今ここは目黒一丁目になっているよ」と記されている。

▲ 目黒川からすぐ近くの、公園と広場の中間のような不思議なスペースに国旗掲揚台と立て札があった。

▲ 大鳥神社から目黒駅までマップアプリでは徒歩8分ほど。

▲ 目黒川を背にして権之助坂をのぼっていると、前に「権之助坂商店街」という看板とアーケードが現れる。

▲ アーケードに入ると、左側にはビッシリとカフェや飲み屋が連なる。
商店街というよりは飲食店街という感じ。
昭和っぽい雰囲気のお店もあって良い感じだ。

▲ 目黒通りは尾根になっていてどんどんのぼっていくが、歩道のすぐ脇は急斜面になっていて、谷に向かって降りている。
これはなかなか面白い地形だ。

▲ ここが、大学時代に一緒に働いたマネージャーが店長をしていたお店があった場所。
お店はとっくの昔に代替わりして別のお店になっているが、建物も看板の場所も当時のままで懐かしい。
あれはもう36〜37年前のこと。

▲ そして無事目黒駅に到着。
いま山手線でこういう駅ビルを残している場所は少ないんじゃないかな。
逆にいうと、この駅ビルはかなり早い時期に建てられたものだろう。
僕が大学時代に恋人の住む不動前駅に行くのに利用していたころは、すでにこの駅ビルだった。
そうそう、そこそこ有名な話だが、目黒駅は目黒区ではなく品川区上大崎にある。
地図で見ると目黒駅周辺だけがしゃもじみたいな形で品川区から北に伸びている。
どうしてそういう区分になったのかが知りたい。
品川区の北端は恵比寿のウェスティンホテルのすぐ南まで伸びている。

▲ 駅ビルの中を抜けて反対側の東口へ向かう。
東口でお友達と待ち合わせをして、駅前から「黒77系統 千駄ケ谷駅行き」バスに乗り込んで南青山へと向かう。
次回からは大徒歩は第2章「青山・麻布編」に入ります。
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著者/出版プロデューサー/起業支援コンサルタント/ブロガー/心理カウンセラー。
あまてらす株式会社 代表取締役。
著書に「やってみたらわかった!40代からの「身体」と「心」に本当に良い習慣」「起業メンタル大全」「「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる」「ノマドワーカーという生き方」など全9冊。
神奈川県鎌倉市の海街在住。