衝撃の完成度 ― 1Q84 (Book 1) by 村上春樹 [Book Review]

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先週発売されたばかりの村上春樹の最新長編小説「1Q84」の上巻にあたる「Book 1」を読了。

あらすじを書くつもりはないが、少なからず小説の内容についての記述をするので、まだ「1Q84」を読んでいない人には「ネタばれ」になってしまう部分があると思うのでご注意を。

というわけで、待望の村上春樹の新作長編ということで、2月ぐらいから予約して発売日当日に入手し、ようやく上巻を読み終えた。

まず一言目の感想としては、「すっごく良い」ということ。僕にとって今までの村上春樹の小説におけるNo.1は「ねじまき鳥クロニクル」だったのだが、この「1Q84」は、ひょっとして僕にとっての村上春樹No.1の座を奪取するかもしれない。そんな気持ちにさせてくれる前半戦である。

でも実は、この「1Q84」については、読み始めるまでは、あまり期待をしていなかったのだ。

何故かというと、僕にとっては「ねじまき鳥」以降の村上春樹の作品は、いつも何か消化不良気味で、ちょっと物足りなく、どこか歯がゆい作品が続いていたからだ。

僕とってのNo.1が「ねじまき鳥クロニクル」であることは既に触れたが、No.2は「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」であり、No.3は「ダンス・ダンス・ダンス」であり、同率No.3は「ノルウェイの森」なのだ。つまり、どれも「ねじまき鳥」より前の作品ばかりということになる。

「ねじまき鳥」はハードでダークな作品だが、そのメインテーマとして流れ続ける「愛」と「信念」に僕は圧倒された。初回読んだ時はあまりにもテーマが暗喩的に語られているために訳が分からず、なんてひどい小説だと思ったのだが、そんなはずはないと思って直後に再読し、その素晴らしさに圧倒されてしまった。

だが、すでに「ねじまき鳥」を読み終わった直後から、僕の中に、「もうこれ以上の小説は彼には書けないのではないか」、「村上春樹は『ねじまき鳥クロニクルとともに燃え尽きてしまったのではないか』という不安がこみ上げてきた。

そして「ねじまき鳥」の後に発表された「スプートニクの恋人」や「神の子どもたちはみな踊る」、「アフターダーク」、そして「海辺のカフカ」は、「彼はもうダメなのではないか」という僕の不安を蹴散らしてくれるほどのパワーは持っていなかった。少なくとも僕にとっては。

そんな経緯があったため、発売日前の予約はもうここ数年来のお約束なので入れておいたものの、それほど期待はせずに読み始めたのだが、最初の数十ページでもうすっかり引き込まれてしまった。

とにかく登場するキャラクターが皆魅力的であり、状況設定が抜群である。エッジが効いている人物とビビッドな状況の描写、そして今までの村上春樹の人生を総括するかのようなエッセンスの挿入方法。まさに彼が目指す「総合小説」が、完成のレベルに至りつつあるのではないかと感じさせる充実ぶりだ。

それともう一点強調しておきたいのは、この作品の「質感」だ。従来の村上春樹の作品には、良くも悪くも「つるり」とした清潔感と、その裏腹に、どこかリアルさに欠ける空虚さが同居していたのだが、この「1Q84」は、文体と空気感ともに、「ざらり」とした手応えと威嚇するような迫力を併せ持っていて、読んでいて心がざわざわと波打ってくるような感覚を得る。この感じは村上龍の「コインロッカー・ベイビーズ」を読んでいる時の感覚にちょっとだけ似ている。

この感じは実に得難い衝動で、読者がこの感覚を抱くような導きを、意識的に出し入れできてしまった村上春樹は、ついに違う地平に立ってしまったのではないだろうか。

前半戦を終えて、物語はまだ始まったばかりという印象である。「1Q84」で展開される二つの物語は「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」のように結びつきつつ、山梨のカルト教団はまるで「アンダーグラウンド」や「約束された場所で」の世界観を思い出させ、虐待された女性達が逃げ込むセーフ・ハウスは「ノルウェイの森」で直子が暮らした京都の施設のようであり、年上の彼女との逢瀬は「国境の南太陽の西」のクライマックスを思い出させつつ、ヒロイン「ふかえり」は「ダンス・ダンス・ダンス」の「ユキ」のようでもあり「ねじまき鳥クロニクル」の「笠原メイ」のようでもあり、そして小説を紡ぐ「天吾」はあの「鼠」の生まれ変わりのようである。

二つの月が煌めく6月の夜。1Q84の謎は僕をどこへと導いていくのか。

とても楽しみだ。

 

1Q84(1)
1Q84(1)
著者:村上春樹
出版社:新潮社
出版日:2009-05-29
価格:¥ 1,890
ランキング:1位
おすすめ度:
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コメント(2)

ご感想、興味深く読みました。

私も村上作品のベストは『ねじまき鳥』なのですが、確かにこの作品は『ねじまき鳥』を越える可能性がありますね。

作品の質感が『コインロッカーベイビーズ』に似ているというご指摘は、ああなるほど、そうだな、と思いました。いつもの村上春樹の良くも悪くも抽象空間みたいな感じではなく、手で触れる現実っぽさが今回の作品にはあると思います。

Book2のご感想も楽しみにしております。

Kous37さんいつもありがとうございます。コメントありがとうございました。

Kousさんの先日のブログは、「ネタばれ」してしまいそうだったので、「1Q84」の読了まで読まずにいようと思い、まだ読んでいませんでしたが、そうですか、Kousさんにとってもベストの可能性ありですか。

下巻がますます楽しみになってきました。

非常に余談ですが、村上龍にももう一度、コインロッカーみたいな密度の濃く、もうちょっとファンタジーな感じの(「半島を出よ」みたいなのじゃなくという意味です)長編に挑んでもらえないかなあと思う今日この頃です。

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