アイデアの神様降臨
ここ数日企画が産まれそうで産まれない、産みの苦しみ状態だった。
そういう意味では昨日のひたすら眠かったのも、アイデアを産むためのプロセスだったのかも。
朝ふと目が覚めたら、アイデアが目の前に「まるっと」降臨していた。うおお。
あとはこの原石をちゃんと磨いて形にすればいい。
市ヶ谷 ・ 飯田橋 ・ 大塚 ・ 小日向大徒歩
というわけで、こういう日はデスクの前に座って腕組みしていても何も産まれないのは分かっているので外出。
市ヶ谷〜飯田橋

▲ 今日は行きたい場所がハッキリしていたのでピンポイントで訪問。
まずは先日の大徒歩の時に見つけられなかった行き止まりの路地と、そこにあった鰻屋さんを訪れる。
帰宅後にネット検索しまくって、探していたお店が「宮川 牛込店」だったところまで判明。
さらに、鰻屋さんから業態替えして和食屋さん「食事処 宮川 牛込店」として、少なくとも2023年まで営業していたことも分かっていた。
食べログには住所と地図が載っていたのであとは簡単。
記憶の通りの景色。
お店は閉業しているが、看板も出ているし建物もそのまま。
市ヶ谷の真ん中とは思えない景色である。

▲ 都会には時々、エアポケットのようなむかし街が残っている場所がある。
ここはまさにそう。周りのビジネス街から完全に切り取られた異空間。
来られて良かった。

▲ 外堀と中央線の線路を越えて千代田区側へと向かう。

▲ 法政大学の正門。
ここで1988年から1992年までの時間を過ごした。
5年間なのは、1年生を留年して2回やったから。

▲ 飯田橋側は再開発ですっかりキレイになってしまい別の街になっているが、一部僕が学生当時から残っている古い建物もあった。
お店は入れ替わっていると思うが、何とも懐かしい。

▲ 飯田橋から南北線で後楽園に出て、後楽園から丸ノ内線に乗り換えて新大塚へ向かう。
新大塚・茗荷谷・小日向

▲ 丸ノ内線の新大塚駅。
当時と駅は変わっていない。
銀座線や丸ノ内線など、古い時代に作られた地下鉄特有の、ちょっと不思議な構造の駅だ。

▲ 新大塚駅から徒歩4分ほど。ここが僕が2008年12月から2010年2月まで暮らしたマンション。
1回目の結婚相手と暮らしていた元麻布三丁目(ほぼ麻布十番)の家を出て、ここで2回目の結婚相手と暮らし始めた。
二人が同時に引っ越してきて暮らし始めるため、家具の量や部屋の間取りなど、いろいろ調整が大変だった。
何しろ彼女はグランドピアノを持って引っ越してくるから、完全防音かつ「グランドピアノOK」の物件じゃないとダメだったわけで。

▲ 暮らしてみた結果、やばり間取りやその他住環境がいろいろ我々には合わず、1年3か月ほどで引っ越すことになった。
でも、ここはとにかく巨大なリセットの場所であったことは間違いない。

▲ 新大塚から一駅、茗荷谷へと歩く。
お茶の水女子大や跡見女子大などで卒業式をやっていて華やかだったが、写真を撮ると変なオッサンと思われそうで自粛(笑)。
代わりに向かい側の銭湯の写真を撮っておいた。

▲ そして茗荷谷駅に到着。
茗荷谷から隣の後楽園までは、丸ノ内線は地上を走っているため、駅舎が地上にある。

▲ 僕らはこの街で2010年2月から2013年5月まで暮らした。

▲ この建物の最上階、3F(車庫の階はカウントせず)の角部屋が我々の部屋だった。
右の窓が寝室、そして左の窓が僕の仕事部屋だった。

▲ ここに引っ越してきた2010年2月の時点では、僕はまったく無名のサラリーマンだった。
そして元妻は音楽の仕事に燃え尽きて自宅に引き篭もって無職だった。
ここに引っ越して2ヶ月後に我々は入籍して夫婦になり、翌年2011年3月末で僕はサラリーマンを卒業して「プロブロガー」として独立した。
翌2012年には4冊の本を立て続けに出版し著者デビューしたのも、ここに住んでいる時だった。
元妻は僕が独立したのと同時に大学に社会人編入し、毎日松戸まで通い朝から夕方まで授業だった。
それまで会社員で毎日オフィスに通っていた僕がずっと家にいるようになり、専業主婦だった元妻が学生になり毎日外出するようになった。
僕が毎日彼女のお弁当兼自分の翌日の昼ごはん、そして当日の晩ごはんを作り、午後の空いている時間にスーパーに買い物に行った。
そして誰もいない部屋で黙々とブログや本の原稿を書きまくっていた。
お互い40歳前後だったが、まさに人生の大転換点であり、夢だけでメシを食っていた時期だった。
僕らは2013年5月、元妻が大学を修了しカウンセラーとしてデビューした直後に元麻布一丁目(ほぼ麻布十番)に引っ越した。
このブログを読んでくれている多くの人は、麻布に引っ越した後の我々しか知らない。
でも、この小日向に暮らした3年間が、我々にとっては起爆であり飛躍の時期であったことは間違いない。

▲ 茗荷谷駅前に戻った。
今は「酒場COPAZOO」というお店になっているが、ここにはかつて「Bar Del Pesce」というワインバーがあった。


▲ 僕が独立した直後の2011年7月には、その直前にお知り合いになったばかりだった午堂登紀雄さんと、ここでワインを飲み語り合った。


▲ 茗荷谷駅近くの、かつては「牛丼太郎」というお店だった場所。
「牛」の文字だけが消されて「丼太郎」として営業中。
このお店にもちょっとした思い出がある。
独立した当初は収入が少なくて時間はたっぷりあった。
そういう状況だと、つい「アルバイトしようか」という弱気な気持ちになった。
そんな時、この「牛丼太郎」の前を通ると、いつもアルバイト募集の貼り紙がしてあった。
その貼り紙を見て、「本当にお金がなくて立ち行かなくなったら、ここでアルバイトをしよう。でも今じゃない」と踏ん張ろうという思いを新たにしていた。
いろんなことが懐かしい。

▲ ここもまた思い出の場所、茗荷谷駅前の「餃子の王将」でランチ。
家を出た時は全然違う場所でのランチを予定していたのだが、こういう日は予定は変わるものなのだ。

▲ 「極王シリーズ」なるものが新設されていた。

▲ せっかくなので、極王酢豚を頼んでみた。
確かに極王だ。これは美味しい。

▲ 余計な場所には立ち寄らず帰ろう、ということで横浜の森へ帰還。
緑道の木蓮の花が咲き始めていた。

▲ これは多分木蓮じゃなくて「こぶし」だと思う。
春だねぇ。

▲ 良く歩きました。
というか、夜中の時間帯にほぼずっと立ち上がってて、ちゃんと眠れてなかったのが分かる。

▲ 3月チャレンジはあと6回!
3/31まで使って達成しましょう。
過去の日記記事はこちら





著者/出版プロデューサー/起業支援コンサルタント/ブロガー/心理カウンセラー。
あまてらす株式会社 代表取締役。
著書に「やってみたらわかった!40代からの「身体」と「心」に本当に良い習慣」「起業メンタル大全」「「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる」「ノマドワーカーという生き方」など全9冊。
神奈川県鎌倉市の海街在住。