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5年前までの僕にとって「名古屋」とは名駅の「名古屋うまいもん通り」だけだった [日記] [2016年5月 名古屋・伊勢旅行記 8]

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思考のダダ漏れを知らず知らずのうちに我慢していたみたいで、この言いたいことを独り言のようにぶつぶつ呟くことが、堪らなく楽しい。

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2016年5月名古屋・伊勢旅行記 目次

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5年前までの僕にとって「名古屋」とは名駅の「名古屋うまいもん通り」だけだった [日記] [2016年5月 名古屋・伊勢旅行記 8]

JR名古屋駅に、「名古屋うまいもん通り」という飲食店街がある。

以前は何回か利用した記憶があるが、ここ数年はまったく興味がなく、立ち寄ることもなくなっていたし、その存在すら忘れていた。

ところが今回の旅で、たまたま名古屋駅を歩いていたときに、「名古屋うまいもん通り」の前を通りかかったときに、僕の感情が波打った。

かすかに、でも確実に僕の心がざわつき、並みを打った。

「なんだろう?」と思い、僕は思わず写真を撮った。

そして移動の電車の中で、僕は自分の心を探ってみた。

すると、出てきた。

サラリーマン時代の名古屋の思い出が。

当時の僕は、会社の仕事で名古屋に来ていた。出張だ。

そして、当時の僕は、会社の命令に逆らわないようにすることに、全神経を尖らせて生きていた。

だから、出張先の仕事が始まる前の早朝の新幹線に飛び乗って名古屋に来て、一日刈谷で仕事をして、夕方に仕事を終えるとその日のうちに新幹線で東京に戻った。

帰京後にオフィスに戻ることもしばしばあった。

だから僕は、名古屋のことをなにも知らなかった。

そんな僕が唯一探索していたのが、この「名古屋うまいもん通り」だったのだ。

仕事を終えて帰京する前に、夕食を食べるときに、「名古屋うまいもん通り」で味噌カツやきしめん、味噌煮込みうどんなど、名古屋のおいしいものを食べる。

それが当時の僕にできる、最大限の冒険であり、楽しみだった。

そのころの僕だって、名古屋に美味しいお店がたくさんあるだろう、ということはもちろん想像できていた。

でも当時の僕には、一歩を踏み出す勇気がなかった。

当時の僕にとっては、エスカ地下街すら、はるか彼方に霞んで見えていた。

「名古屋駅から出られない男」

それが当時の僕だったんだ。

だからいまでも「名古屋うまいもん通り」の前を通ると、僕の心はざわめく。

あの頃の劣等感と無力感の残存記憶が、いまでも疼くんだ。

大丈夫。

と、僕は自分の過去に寄り添って自分自身を癒していく。

今の僕は名古屋駅を出て、好きな場所に行くことができる。

平日だろうが何時だろうが、好きな場所に行って好きなことができる。

今の君はなんでもできる。

今の君は無力じゃない。

でも、あの頃の君は、会社の中で生き残るために、必死に頑張ったんだね。

偉かったね。

無理してたんだね。

もう大丈夫だよ。

いまの君は、誰よりも自由で、そして誰よりも楽しく生きているんだから。

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