書評

圧倒的!イスラム世界潜入記!! — 女ノマド、一人砂漠に生きる by 常見藤代 [書評]

書評
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僕は日本人で、日本で生活をしている。

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海外に旅行や出張で行ったことは何度もあるが、定住したことはない。

そして日本で暮らしているということは、僕にとっての常識は、「日本における常識」なのだ。

その常識とは、日本独自の宗教観や歴史観がバームクーヘンのように層になり、先祖代々が積み重ねてきたものだ。

現代日本においては、結婚する時は男一人に女一人が当たり前だし、男女とも結婚前に自由な恋愛を楽しむ人が多い。

主食は白米やパンが中心で、洋服を着て靴を履き、ほとんどの人は家にテレビや冷蔵庫を持ち、携帯電話も持っている。

そういった世界を僕らは当たり前だと思って生きている。

 

 

でも、そんな僕らの常識がまったく通じない世界というのが、地球上には存在する。

いや、むしろ日本における常識は、日本というごくごく狭い範囲だけで通じるものだということを、僕らは普段忘れて生活をしている。

そんな僕らに強い衝撃(良い意味の)を与えてくれる本と出会った。

女ノマド、一人砂漠に生きる」という本だ。

 

女ノマド、一人砂漠に生きる (集英社新書)常見 藤代 集英社 2012-12-14
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日本とはまったく違う世界観に圧倒される凄い本だ。

とにかく面白くて、あっという間に読了してしまった。

その世界の一旦をご紹介したい。

 

 

 

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これぞ「リアルノマド」の世界だ!

日本で「ノマド」というと、電子機器をたくさん持って外出先で仕事をする人を指すことが多い。

というか、僕は「ノマドワーカーという生き方」などという書籍を出版しているくらいで、地味ながらそんな生き方の実践者の一人であるわけだ。

 

 

ノマドワーカーという生き方立花 岳志 東洋経済新報社 2012-06-01
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この「ノマド(nomad)」というのは元々は「遊牧民」を指す言葉だ。

モンゴルやアラブの砂漠地帯で、緑地と水源を求めて家畜とともに放浪しながら生活する人々を「nomad」と呼んだ。

その単語を比喩的に用い、「オフィスを持たずにその時その時自分の意志で好きな場所に出向き、いつでもどこでも、外出先からでも旅行先からでも仕事ができる人」をノマドというようになったのだ。

この「ノマド」という言葉は昨年一時的にブームとなり、ノマドに関する書籍も、僕のものも含め何冊か出版されたりした。

だが、その時期に出版された「ノマド本」の中で、この本だけはまったくの異色だ。

なせなら、この本は比喩的なノマドの本ではなく、本当のノマドの本だからだ。

本当のノマド?

そう、舞台は渋谷のスタバではない。エジプトの砂漠地帯だ。

主人公は最近会社を辞めて独立した、新進気鋭のクリエイターではない。ラクダと共に生きる女性、サイーダだ。

このご本は、著者である常見藤代さんが、9年もの間エジプトの砂漠地帯で放浪生活を続ける女性ノマドに密着し、一緒に砂漠地帯に寝泊まりして同じものを食べ、現地のイスラムの戒律の中で暮らす人々と暮らした日々を綴った、圧倒的なノンフィクションなのだ。

まさに「リアルノマド」の世界へ僕らを誘う凄い本なのだ。

 

 

 

砂漠にラクダと共に生きる老婆

この本の舞台はエジプト東部、紅海とナイル川に挟まれた砂漠地帯だ。

その地に住むサイーダを始めとした登場人物は、ホシュマン族と呼ばれ、もともとは砂漠地帯で遊牧生活をしている人が多かった。

ところが気象の変化により、この地帯には1997年以降まとまった雨が降らなくなり、砂漠地帯に点々とあった牧草地が減少し、人々は遊牧をやめてハルダカなどの町に定住するようになった。

現在でも砂漠で遊牧生活を続けているのは数家族だけだという。

 

 

この本の主人公であるサイーダにも夫と9人の子供がいるが、遊牧生活をしているのは56歳の彼女一人だ。

砂漠での遊牧生活という、おとぎ話のような世界は、いま現実世界から急速に失われつつあるのだ。

 

 

そんな砂漠地帯に常見さんは飛び込み、そしてサイーダと共に暮らし始める。

最初は4泊5日の短期滞在だったが、その後も繰り返し何度も砂漠で暮らすサイーダを訪ね、砂漠での生活期間も長くなっていく。

ごくごく当たり前のことだが、砂漠で暮らしている間はシャワーを浴びることもできない。

砂漠では水は貴重品だ。常見さんは書いている。

 

「砂漠では、いつも水を入れた空き缶を片手で持ち、中の水をもう一方の手に取って、なでるようにして顔を洗っていた。20日間砂漠にいて、髪の毛を洗ったのはたったの1回だけ」

 

日本で暮らしていれば、蛇口をひねれば水はいつでも出てくる。レストランでも水は無料だ。

しかし同じ地球でも、砂漠に生きる人にとって、水は命綱だ。

サイーダは常見さんにこう語りかける。

 

「誰かが水を取ったりしても、泥棒とは言わないんだ。水がなければ死んでしまうからね。食べ物も同じ。砂漠じゃ、簡単に食べ物は手に入らないから」

 

常見さんはサイーダとともに砂漠で暮らす。「ゴルス」と呼ばれるパンの焼き方も憶え、ラクダに乗って移動をし、夜は砂漠の砂の上にシート敷き、寝袋にくるまり、満天の星の下、テントも張らずに眠る。

砂漠には毒ヘビやサソリの危険もあるが、それ以上に水がなくなったために亡くなる人が多いという。

常に死と隣り合わせの世界なのだ。

 

 

 

イスラム世界の男と女、そして性の話

サイーダは遊牧生活でラクダを育て、育ったラクダを売って生活費を得ている。あと、夫や子供たちが砂漠で一人暮らす彼女に食べ物や必要なものを届けている。

彼女の夫や子供たちは、砂漠を離れ、定住地で生活をするようになった。

そこはイスラム教が支配する世界である。日本とはまったく常識が異なる。

定住地におけるイスラムの人々のリアルな生活、特に男と女の関係や性に関する生々しい記述は、僕ら日本で暮らす人間にとっては、まさに異界である。

 

 

多くの日本人は仏教徒といいつつも、土着宗教である日本神道の影響も受け、しかもキリスト教文化の表面的な影響も受けている。

お正月には神社に初詣でに行き、お盆にはお寺からお坊さんが来て、12月になるとクリスマスツリーを飾る。要は宗教観があまりないのが典型的な日本人の特徴だ。

一方ホシュマン族は厳格なイスラム教徒である。

イスラム教には厳しい「戒律」がある。しなければいけないこと、してはいけないことが厳しく定められていて、戒律を破れば周囲から厳しく糾弾される。

 

 

一方、恋愛観、結婚観も日本とは根本的に異なる。

一番の違いは、「一夫多妻制」だ。

日本では重婚は認められていないが、イスラムの世界では一夫多妻は法的にも倫理的にも認められた、社会的システムとして機能している。

また、結婚観やセックスに対する考え方も日本とは180度逆だ。

 

 

日本では結婚する前に自由恋愛を謳歌するのが一派的だ。

未婚の男女同士でも平気でセックスするし、化粧や下着に凝るのは独身時代で、結婚したら地味になる、というのが一般的だろう。

しかしイスラムの世界では逆だ。

女は結婚までは処女でなければならない。化粧をしたり身体を露出したりすることは、男を誘惑する行為としてタブーとされる。

ホシュマン族の一人、ウンム・オモネイヤは、結婚式前に、母親から以下のように教わったという。

 

 

花婿が部屋に入ってきて、あなたのベールを脱がす。それから彼はこう言うのよ。『着替えをしなさい』。その間、彼は外で待っている。ゆっくり着替えて、白い下着と白のガウンを着る。2人でいっしょに礼拝をして、それからセックスするのよ。

式の一週間前、母親は白いハンカチを持ってきた。「これは初夜のためよ。その日まで大切にとっておきなさい」

母親は、夫となる男にもハンカチを見せた。

「初夜の時、これに血が付けば、あなたの妻が処女だと分かる。処女なら彼女はお父さんに殺されないわ」と説明したという。

 

 

このように結婚前の肉体関係は厳しく制限され、化粧や香水も独身女性は禁じられる。

しかし結婚後は、夫の前でだけ、セクシーな下着や肌が露出した服を着ることが許され、化粧も夜、家で夫とすごす時だけするのだ。

アラブの世界では女性は外出時には肌どころか顔さえも隠しているが、夫のためにセクシー下着を買い漁る女性の姿などを、常見さんは冷静な視点で描き出している。

 

 

一夫多妻制についても、この本では実際に二人の妻を持つ男性の一人目の妻の独白や、複数の女性を妻として持つことを許容している社会の様子が、生々しく描かれている。

イスラムでは結婚していない男女の肉体関係がタブーとされる。

また、金を稼ぐのは男の仕事という割り切りがあり、また厳しい自然環境故に、若くして夫が命を落とし未亡人となる女性も多い。

自然淘汰で男性の数が減り、婚外の性交も禁じられていると、民族の人口は減り、絶滅の危機に瀕するだろう。

ホシュマン族の女性にとって、独身でいることにメリットはない。

たとえ何番目の妻であっても、稼ぐのは男だし、結婚すればセックスもできる。それがイスラム世界の常識で、独身のまま活動を続ける常見さんは、彼女達の常識からは大きく逸脱した存在として映るのだ。

 

 

一夫多妻は、厳しい環境で民族が生き残るための「システム」として機能しているのだが、実態はやはり生身の男と女。生易しいものではない。

そこには嫉妬があり、怒りがあり、そして諦めもある。

日本とはあまりにも異なる社会システムと倫理観だ。

実際に現地で生活した人にしか書けない、リアルで生々しいイスラム教徒たちの実態だ。

 

 

 

まとめ

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このご本「女ノマド、一人砂漠に生きる」は、主人公サイーダをはじめとしたホシュマン族の人々を活き活きと描いたノンフィクションだ。

常見さんが最初にサイーダのもとを訪ねたのは2003年とある。そしてこの本の最後でサイーダに会いに行っているのは2012年5月。

この9年の間に世界は大きく変わり、そしてホシュマン族の生活も激変した。

携帯電話が普及し衛星放送のパラボラアンテナが定住地の家の屋根に聳え、化粧をしたり車を運転する女性も現れはじめた。

 

 

まとまった雨が降らなくなった砂漠から人々は去り、自炊をやめてスーパーで出来合いの食べ物を買い、テレビを観て部屋ですごし、太り始めた。

常見さんも、「純粋な意味での砂漠に暮らす遊牧民は、あと20年もすれば、いなくなるだろう」と語っている。

定住地は観光業に湧き、人々は物質的な豊かさに目覚めた。

そして砂漠には常に目の前にあった「死」から離れた生活を手に入れたのだ。

 

 

定住地に住んだ彼らは、もう二度と砂漠へは戻らないだろう。

そういう意味では、サイーダら、わずかな数の「現役」遊牧民たちが地上から去った時点で、ホシュマン族の「ノマド文化」は途絶えることになる。

郷愁だけで語るには厳しすぎる世界と生活だが、失われるものに対する寂寥感を感じつつ、この本を読み終えた。

 

 

文体は淡々としているが、僕らの日常とはまったく異なる文化と生活様式を守る人々がいまも地球上に存在していることと、その人々が何を想い、どこに向かっているのかを教えてくれる素晴らしい本だった。

このご本を読むと、世界は大きく、自分は小っちゃいなあと実感できる。

リアルノマドワールド!オススメです!

 

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