小説・フィクション書評

男の欲望、甲斐性と成熟のリアリティー: 書評「テニスボーイの憂鬱」 by 村上龍

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この本を初めて読んだのは、確か28歳くらいの時だった。

村上龍の「テニスボーイの憂鬱」という長編小説だ。無闇に長い。

ハードカバーでは一冊なのだが、文庫では2冊になっている。

 

 

テニスボーイの憂鬱(上) (集英社文庫)

村上 龍 集英社 1987-10-20
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テニスボーイの憂鬱(下) (集英社文庫)

村上 龍 集英社 1987-10-20
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この本を最初に読んだ当時の僕はまだ独身で、当時付き合っていた彼女と屋久島に旅行に行き、ビーチに寝そべってこの本を読んだ。

最初の読後感としては、「何だこの本は」だった。

絶対に名作と呼ばれることはないし、呼んではいけないのだろうが、すごいインパクトなのだ。

この本を読む前にもずいぶん村上龍は読んでいたが、彼の他のどの作品とも違う独特の世界観だった。

それ以来僕の中では、村上龍といえば、「コインロッカーベイビーズ」と「限りなく透明に近いブルー」とこの「テニスボーイの憂鬱」がベスト3となった。

 

 

それほどちょくちょくではないが、何年かに一度再読しては、そのたびにそのインパクトにビックリする。

多分今までに4回か5回は読んだと思う。

そして今回多分3〜4年ぶりに読み返し、やはりビックリすることになった。なんなんだこの本は?と。

このブログNo Second Lifeに書評が存在しないから、2008年12月以降には一度も再読していなかったのだろう。

 

 

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男の欲望のリアリティー

この物語は既婚男性と未婚の女性の恋愛ストーリーである。

しかも途中で恋愛対象の女性が別の人になる。一人に振られ、その後別の女の子と付き合うのだ。

主人公の男は30歳の土地成金の息子で、ベンツを乗り回し仕事はどうでも良くてテニスと女の子に夢中だ。

 

 

ハッキリ言って軽薄このうえない物語の設定だし、実際物語は相当軽薄だ。

この小説が書かれたのは1982年〜1984年、出版されたのが1985年だから、まさに時代はバブルに向かっている時期だ。

豪華ホテル、シャンパン、フランス料理、セックス、テニス、ベンツ。そういったキーワードがずらずら並び、成金の息子は金に糸目をつけずに女を口説き、そして二人は深い仲になる。

 

 

主人公の男は即物的で女ったらしで成金で気が弱くて見栄っ張りでどうしようもないのだが、そこに妙なリアリティーがある。

押し入れにビニ本を隠して自慰をしていたような男が、勇気をふりしぼりモデルの女を誘う。

予想外にOKの返事をもらい、そこから深い関係になっていく過程の男のはしゃぎっぷり、有頂天ぶり。

振られた時の落ち込みっぷりと、そこから立ち直っていく過程で男が踏むステップと思考回路。

そして次の女性との出会いと彼が身に纏う自信と貫録。そして覚悟と憂鬱。

あまりのリアリティーに驚いてしまう。

 

 

ヒロインとして登場する女性達も妙にリアルだ。

主人公の男目線で書かれているので、出会ってからしばらくはめちゃくちゃに美化されている。

ところが関係が深くなり、徐々に主人公が冷静になると、女性の美しさが翳り始めるのだ。男の目線が現実的になる。

「手のしわが美しくない」「生理のせいか肌がくすんで見えた」など、それまでの礼讃ぶりが嘘のように冷徹になっていくのだ。

そして関係が徐々に冷えていく中での立場の強さの変化が気持ちが悪いくらいリアルだ。

登場人物も物語もすべてが生々しい。ファンタジー的ではないのだ。

 

 

女と仕事と家庭、そしてテニス

この物語には幾つかの軸がある。

もちろん二人の若い女性との恋がメインテーマなのだが、それ以外にも幾つも串がある。

「仕事」「家庭」、そして「テニス」だ。

 

 

テニスボーイは女との関係が深まるにつれて仕事に目覚め、そして「やり手経営者」へと変化していく。

本人は「仕事をしていないと女のことしか考えられないから」と結論付けているのだが、女との関係性が変化する中でテニスボーイは自分に自信を持ち、それまででは考えられなかったようなハードなネゴをこなし、新規の店を続々とオープンさせ、ついには海外展開まで成し遂げる。

女性とのきらめく時間を過ごしたことが彼に自信を与え、ビジネスへと駆り立てる。

そしてそのビジネスでの成果がテニスボーイにさらなる自信と貫録をつけさせ、それが彼に「余裕」や「奥行き」を纏わせるのだ。

その余裕、ゆとりが職場での経営者としての彼に「凄み」「優しさ」といった風格を与え、部下たちから「素敵な社長」と呼ばれるようになっていく。

 

 

家庭という串も奥が深い。

最初の女性との関係が深まる時には家庭のことはまったく省みない主人公が、女性との関係が続く中で徐々自分が本当に一番大切なものとは何かを考え始める。

そこには息子や父の、そして妻の存在がある。

最初はただ女の尻を追い掛け回すだけの主人公が、徐々に「自分にとって女とは何なのか」「家庭とは何なのか」を考え、そして自分の立ち位置を明確にしていく過程の描写は見事だ。

そして彼が女性との時間で身につけた風格や覚悟は、家庭に良い影響を与えていく。夫として父として立派になっていくテニスボーイを、父や妻は頼もしく感じ始める。

 

 

そしてもう一つの串として、テニスの存在がキラリと光る。

主人公はテニスを単なる趣味ではなく、「命を賭けて」やっているという設定になっている。本気で上手くなりたいと思っているのだ。

そこには彼なりではあるが、「美学」があり「ポリシー」があり、そして「ビジョン」がある。

 

 

女を口説く時、ビジネスでネゴをする時、息子を叱る時。

一つ一つの大切な行動の時に、主人公はテニスの試合で自分が打ったベストショットのことや、名プレイヤーの試合のことなどを思い出す。

それら一つ一つの行動の積み重ねが、テニスボーイという主人公に徐々に強い奥行きを与えていく。

 

 

女が男を育て、男は甲斐性と奥行きを持つ

物語の中で一貫して流れているテーマとして、結局男は女には勝てない、というものがある。

 

 

一見すると、既婚で金持ちの男と、未婚で地位も力もない、でも美しい女という立場の対比は男根主義的に見える。

だが、この物語では、常に意思決定をしていくのは女性であり、テニスボーイではない。

テニスボーイは女性を求め、女性と過ごす時間に無上の喜びを感じつつも、女性に振り回されている。

 

 

だが、その中でテニスボーイは大人の男としての立ち居振る舞いを学び、金の使い方を覚え、女性の喜ばせ方を学んでいく。

そして女性と過ごした甘美な時間の記憶が彼を強くし、ハードなビジネスに立ち向かう勇気と気合いを与えていくのだ。

 

 

既婚の男性と未婚の女性の恋愛というと、薄っぺらく甘ったるく表現されてしまいがちだが、この物語の強い読後感は、若く美しい女性の存在を通じて成長していく大人の男の、覚悟の物語だからなのだろう。

成金ダメ息子が一人の男として成長していくストーリーは、男性読者の心には妙に力強い読後感を与えるだろう。

だがしかし女性読者はこの物語をどう受け入れるのか?僕にはまったく想像ができない。

 

 

まとめ

ベンツ、都心の高層ホテル、セックス、シャンパン、キャビア。

道具立ては軽薄だし決して褒められるような話しではない。成金息子が次々と愛人を作ったり振られたりしているという話しだ。

 

 

でも、そう言った安いストーリー設定の中に、人生模様や哲学までも含めてしまっているのが、村上龍の凄いところだろう。

この本が書かれてもう30年近くが経つというのに、風景や登場人物がまったく古びていないのも凄い。

バブルよりちょっと時期が手前にずれていたり、舞台が横浜の新興住宅地でちょっと都心からずれていたりというのも、ポイントなのかもしれない。

 

 

登場人物も決してカッコ良くなくてどたどたして泣いたり喚いたりしている。

そこがまたスパイスとして良く効いている。

 

 

何度読んでも「これは名作じゃないなあ」と思う。今回もそう思った。

でも、また何年かしたら読み返したい、大好きな小説であることも確かだ。

 

 

初めてこの本を読んだときには、僕はテニスボーイよりも年下の独身男だった。

いま、僕はテニスボーイより一回りも年上で、バツイチの既婚者になった。

さて、次にこの小説を手に取るとき、僕は何歳でどこで何をしているだろうか。

 

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